・・・近く山崎さんの伯父上[自注9]が御出京になり、あなたにもお会いになりたいそうです。 ところで、この手紙はきっと私がお目にかかる時分にやっと着くのでしょうが、シャツその他の衣類、フトンなどの工合はいかがでしょうかしら。間に合って居りましょ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・失われた時計については光井叔父上がたのんだ人からいろいろ手続中の模様ですが、役所ではその品物について一々詳細のことを私に訊くよう申すらしいのですが、どうして知って居りましょう まして、帽子などまで! ねえ。困ったことです。この次こまかいこと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 父上の白い洋服がやたら心に浮ぶ。暑いと云えば、毎年暑中たまらない思いをして来た須田町の午後の日ざかりを思い出す。 家々の屋根や日覆が、日没前の爛れたような光線を激しく反射する往来は、未練する跡もなく撒き散して行った水でドロドロにな・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ これは母コウヅに女中ととまり かえって、その日帝劇で父と会ったとき、父上の話されたこと。 夢 デンマークだ。氷原の上を、タンクのようなものや何かが通る、停車場のようなところに自分、多勢の白衣の少女と居る。自分、・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ ○自分とT先生との心持 ◎敏感すぎる夫と妻 ◎まつのケット ◎本野子爵夫人の父上にくれた陶器、 ◎常磐木ばかりの庭はつまらない。 ――○―― Aの言葉の力 ◎或こと・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・自分はAと、もう一人信州の男と、三人で、着剣の兵に守られた処々を通り林町の通りに出、門を見、自分にかけよるきよの声をきく、父上の無事を知ったら何とも云えない心持がした。西洋間に尻ばしょりのままとび込むと渡辺仁氏が居らる。倉知貞子叔母、死んだ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・Aや父上の忍耐の幾日かの後、到頭、私共は自分等で、別に家を持つことになった。 AはA家の戸主で、移籍が出来得ない。それならば私は、もうA家の者になったのだから、良人の家に移るのが当然であり、Aが、結婚した以上、其位の責任は持つ覚悟だろう・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 寛永十八年妙解院殿存じ寄らざる御病気にて、御父上に先立、御卒去遊ばされ、当代肥後守殿光尚公の御代と相成り候。同年九月二日には父弥五右衛門景一死去いたし候。次いで正保二年三斎公も御卒去遊ばされ候。これより先き寛永十三年には、同じ香木の本・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ 然るところ寛永十八年妙解院殿存じ寄らざる御病気にて、御父上に先立ち、御逝去遊ばされ、肥後守殿の御代と相成り候。ついで正保二年松向寺殿も御逝去遊ばされ、これより先き寛永十三年には、同じ香木の本末を分けて珍重なされ候仙台中納言殿さえ、少林・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・三郎の刀禰は、そうよ、父上もそこを逃れなされたか。門出の時この匕首をこの身に下されて『のう、忍藻、おこととおれとは一方ならぬ縁で……やがておれが功名して帰ろう日はいつぞとはよう知れぬが、和女も並み並みの婦人に立ち超えて心ざまも女々しゅうおじ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫