・・・、ただ、藤井勝美と云う御用商人の娘と縁談が整ったと云うだけでしたが、その後引続いて受取った手紙によると、彼はある日散歩のついでにふと柳島の萩寺へ寄った所が、そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋が藤井の父子と一しょに詣り合せたので、つれ立って・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・々閑却されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および芳流閣の終曲として余情嫋・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかしその程度に達すればかえってこれを妨ぐるものである、との奇態なる植物学上の事実が、ダルガス父子によって発見せられたのであります。しかもこの発見はデンマーク国の開発にとりては実に絶大なる発見でありました、これによってユトランドの荒地挽回の・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・思わぬ豹一に同情されて、安二郎は豹一が病気でなければいっしょに酒を飲みたいくらいの気持を芸もなく味わされ、意外な父子の対面だった。 お君は紙のように白い豹一の顔を見たとたんに、おろおろと泣いた。円タクの助手をやったと聞かされ、それが自分・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 父子は愉快そうに笑っていた。 丁度その頃、赤井は南炭屋町の焼跡にしょんぼり佇んでいた。 かつて、わが家のあったのは、この路地の中だと、さすがに見当はついたが、しかし、わが家の姿は勿論、妻や子の姿は、どこへ消えてしまったのか、ま・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・梅子に対してはさすがの老先生も全然子供のようで、その父子の間の如何にも平穏にして情愛こまかなるを見る時は富岡先生実に別人のようだと誰しも思っていた位。「マアどうして?」村長は驚ろいて訊ねた。「どうしてか知らんが今度東京から帰って来て・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 六 間もなく、父子が倒れているところへ日本の兵隊がやって来た。「どこまで追っかけろって云うんだ。」「腹がへった。」「おい、休もうじゃないか。」 彼等も戦争にはあきていた。勝ったところで自分達には・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・明らかに狐を使った者は、応永二十七年九月足利将軍義持の医師の高天という者父子三人、将軍に狐を付けたこと露顕して、同十月讃岐国に流されたのが、年代記にまで出ている。やはり祇尼法であったろうことは思遣られるが、他の者に祈られて狐が二匹室町御所か・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・父に早く死なれたので、兄と私の関係は、父子のようなものであった。私は冬季休暇で、生家に帰り、嫂と、つい先日の御誕生のことを話し合い、どういうものだか涙が出て困ったという述懐に於て一致した。あの時、私は床屋にいて散髪の最中であったのだが、知ら・・・ 太宰治 「一燈」
・・・そうだとすれば実にかわいそうな父子である。円タクでも呼んで乗せて送ってやってもしかるべきであったという気がした。 しかし、また考えてみると、近ごろ新聞などでよく、電車切符を人からねだっては他の人に売りつける商売があるという記事を見ること・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
出典:青空文庫