・・・ その後徳二郎は僕の叔父の世話で立派な百姓になり、今では二人の子の父親になっている。 流れの女は朝鮮に流れ渡って後、さらにいずこの果てに漂泊してそのはかない生涯を送っているやら、それともすでにこの世を辞して、むしろ静粛なる死の国にお・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 子どもの養、教育の資のために母親が犠牲的に働くという場合は、主として父親のない寡婦の母親の場合であるが、立志伝などではこの場合が非常に多いようだ。ブース大将の母、後藤新平の母、佐野勝也の母などもそうである。また貧しい家庭では、たとい父・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・包んで呉れたのが無くなると、再び父親にせびった。しかし、母親は、子供に堪能するだけ甘いものを与えなかった。彼女は、脇から来て、さっと夫から砂糖の包を引ったくった。「もうこれでえいぞ。」彼女は、子供が拡げて持っている新聞紙へほんの一寸ずつ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・これはおげんがまだ若い娘の頃に、国学や神道に熱心な父親からの感化であった。お新は母親の機嫌の好いのを嬉しく思うという風で、婆やと三吉の顔を見比べて置いて、それから好きな煙草を引きよせていた。 その朝から三吉はおげんの側で楽しい暑中休暇を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ ウイリイはだんだんに、力の強い大きな子になって、父親の畠仕事を手伝いました。 或ときウイリイが、こやしを車につんでいますと、その中から、まっ赤にさびついた、小さな鍵が出て来ました。ウイリイはそれを母親に見せました。それは、先に乞食・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・お揃にする為、父親は一番末の娘にも、スバシニと云う名をつけたのでした。彼女は、其をちぢめてスバーと呼ばれていました。 二人の姉達は、世間並の費用と面倒とで、もう結婚して仕舞っていました。今は唖の末娘が両親の深い心がかりとなっています。世・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・僕も父親の遺産のおかげで、こうしてただのらくらと一日一日を送っていて、べつにつとめをするという気も起らず、青扇の働けたらねえという述懐も、僕には判らぬこともないのであるが、けれど青扇がほんとうにいま一文も収入のあてがなくて暮しているのだとす・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私はやさしい母親とのんきな父親とを見た。その家はじつに小林君の死の床の横たわったところであった。 この家を訪問してから、『田舎教師』における私の計画は、やや秩序正しい形を取って来た。日記に書いてあることがすべてはっきりと私の眼に映って見・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」の子であるかもしれないと思われた。それについて思い当るのは、一と頃ときどき宅へ忍び込んで来る猫の中に一匹のアンゴラ種らしい立派な白猫があった、それが、もしかすると「白」の父親か祖父では・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・参謀本部へ、一時金を受けに行くと、そこにいた掛の方が、『大瀬晴二郎の父親の吉兵衛と云うのあお前か』と云うんです。へえ、さようでござえんすと申しあげると、晴二郎は内地で死んだんだから、金は下げる訳にいかん、帰れ帰れと恁う云うんでしょう。・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫