・・・適度に感ずる時は爽快であり、且又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である。 ユウトピア 完全なるユウトピアの生れない所以は大体下の通りである。――人間性そのものを変えないとすれば、完全なるユウトピアの生まれる筈はない。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・人間も無事だ、牛も無事だ、よしといったような、爽快な気分で朝まで熟睡した。 家のが鳴く、家のが鳴く、という子供の声が耳に入って眼を覚した。起って窓外を見れば、濁水を一ぱいに湛えた、わが家の周囲の一廓に、ほのぼのと夜は明けておった。忘れら・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快な戦慄を禁じることができなかった。 闇! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・「どうも今度の病気は爽快せん」という声さえ衰えて沈んでいる。「御大事になされませんと……」「イヤ私も最早今度はお暇乞じゃろう」「そんなことは!」と細川は慰さめる積りで微笑を含んだ。しかし老人は真面目で「私も自分の死期の解・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・そして、彼が軍艦に乗り組んでそこでの生活を目撃しながら、その心眼に最もよく這入ったものは、士官若しくはそれ以上の人々の生活と、その愉快なことゝ、戦争の爽快さであって、下級の水兵の生活は、その関心外にあった。たゞ、僅かに水兵の石炭積みの苦痛が・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・青扇が日頃、へんな自矜の怠惰にふけっているのを真似て、この女も、なにかしら特異な才能のある夫にかしずくことの苦労をそれとなく誇っているのにちがいないと思ったのである。爽快な嘘を吐くものかなと僕は内心おかしかった。けれどこれしきの嘘には僕も負・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・いやらしい、煩瑣な堂々めぐりの、根も葉もない思案の洪水から、きれいに別れて、ただ眠りたい眠りたいと渇望している状態は、じつに清潔で、単純で、思うさえ爽快を覚えるのだ。私など、これはいちど、軍隊生活でもして、さんざ鍛われたら、少しは、はっきり・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・私は、かれの言葉に、爽快なものを感じたほどなのであるが、けれども、ひとの家の細いことにまで触れるのは、私は不安で、いやだから、すぐに話題をそらした。「つるは、いくつでなくなったのですか?」「母ですか。母は、三十六でなくなりました。立・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・日の出以前のあの暁の気配は、決して爽快なものではない。おどろおどろ神々の怒りの太鼓の音が聞えて、朝日の光とまるっきり違う何の光か、ねばっこい小豆色の光が、樹々の梢を血なま臭く染める。陰惨、酸鼻の気配に近い。 鶴は、厠の窓から秋のドオウン・・・ 太宰治 「犯人」
・・・最後の伯爵のガス排出の音からふざけ半分のホルンの一声が呼び出され、このラッパが鹿狩りのラッパに転換して爽快な狩り場のシーンに推移するのである。あばれ馬のあばれ方は愉快であるが、鹿の走り方は少しおかしい。あれは追わるる鹿ではない。モーリスが馬・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫