・・・ と片肌脱、身も軽いが、口も軽い。小宮山も莞爾して、「折角だがね、まずそれを聞くのじゃなかったよ。」「それはお生憎様でござりまするな。」 何が生憎。「私の聞きたいのは、ここに小川の温泉と云うのがあるッて、その事なんだがど・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 省作は手水鉢へ水を持ってきて、軒口の敷居に腰を掛けつつ片肌脱ぎで、ごしごしごしごし鎌をとぐのである。省作は百姓の子でも、妙な趣味を持ってる男だ。 森の木陰から朝日がさし込んできた。始めは障子の紙へ、ごくうっすらほんのりと影がさす。・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・毎朝役所へ出勤する前、崖の中腹に的を置いて古井戸の柳を脊にして、凉しい夏の朝風に弓弦を鳴すを例としたが間もなく秋が来て、朝寒の或日、片肌脱の父は弓を手にした儘、あわただしく崖の小道を馳上って来て、皺枯れた大声に、「田崎々々! 庭に狐が居・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫