・・・ずッと親もとへ引込んでいたんですが、片親です、おふくろばかり――外へも出ません。私たちが行って逢う時も、目だけは無事だったそうですけれども、すみの目金をかけて、姉さんかぶりをして、口にはマスクを掛けて、御経を習っていました。お客から、つけ届・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・私はひとりでくちびるをかんで、仕事もろくろく手につかない。片親の悲しさには、私は子供をしかる父であるばかりでなく、そこへ提げに出る母をも兼ねなければならなかった。ちょうど三時の菓子でも出す時が来ると、一人で二役を兼ねる俳優のように、私は母の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・幼く片親の手一つで育ってあまり豊かでない生活が朧げに胸にしみ浮世の木枯しはもう周囲に迫っていたから、何かの刺戟はすぐに訳のわからぬ悲しみを誘うたのだ。 あくる日銭を貰うて先ず学校へ行ったが、教場でも時々絵の事に心を奪われ、先生に何か聞か・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・彼は、一歩進んで、それならば、犯罪型の頭蓋骨をもち、脳の発育の型をもった者の両親は、何故に片親となったか、何故女親は多く売笑婦になっているか、のんだくれであるかという、社会関係に迄つき入って、人間の生理を研究する力をもち合していなかったので・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ その談話は、その面で正当なことが語られているのではあるが、女として読むと切ない気がした。片親だけで子を育てる母たちが、勝気になり気質が外向性になる、といわれていることが実際であるとして、かりにもしその女親の境遇のあらゆる事情が今の世の・・・ 宮本百合子 「若い母親」
出典:青空文庫