・・・ 截りたての石で直線に畳まれた新しい石垣の層々の面に隈なく月が灌いでいて、柔かい土の平らな湿った黒さ、樹木の濃淡ある陰翳が、燦く石面の白さと調和して、最も鋭敏な黒・白の版画の効果で現れている。 多喜子は参吉の腕をじっと自分の胸にひき・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・龍江には異常な霊の力があって、海に溺れる運命だった弟の命を救ったり、一ぺんも行ったことのない愛人の書斎に、古賀春江の絵と広重の版画とがかかっていて、雪の降る日背中に赤ん坊を背負った男が偶然雪かきをやらせてもらいに来たりするところまでをあてる・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・全光景はマズレールに彫らせ度い大都会の強烈版画的美しさである。 説明しないいろいろな動機から、東端を廻って来た、どこの誰だか判らぬ人々が三時間目に再びトラファルガア広場で散らばった時、ロンドン市の上へ月がのぼった。 ロンドン市は片眼・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫