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・・・ ウィリアムは崖を飛ぶ牡鹿の如く、踵をめぐらして、盾をとって来る。女「只懸命に盾の面を見給え」と云う。ウィリアムは無言のまま盾を抱いて、池の縁に坐る。寥廓なる天の下、蕭瑟なる林の裏、幽冷なる池の上に音と云う程の音は何にも聞えぬ。只ウィリ・・・
夏目漱石
「幻影の盾」
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・・・ 或時は、花が一杯咲いて気の遠くなる様なよい匂いのする原っぱを歩きよろこんで居るうちに、道がいつの間にか嶮しい山路になって私は牡鹿の様なすばやさで谷から谷へ渡らなければなりませんでした。 急な川の流れを越そうとして足をさらわれたり、・・・
宮本百合子
「旅人(一幕)」