・・・ いったいに私は物事をおおげさに考えるたちで、私が今まで長々と子供のころの話をしてきたのも、里子に遣られたり、継母に育てられたり、奉公に行ったりしたことが、私の運命をがらりと変えてしまったように思っているせいですが、しかし今ふと考えてみ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そして、ここに、大阪の感覚があると思った。物事をいやに複雑化してやに下ったり、あの人間の、このおれの心理はどうだ、こうだ、お前の不安がりようが足りないなぞと言っていた東京の心理主義にわずらいされて、遂に何ごとをも信ずることを教えられな・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・しかし結局、彼はそんな人びとから我が儘だ剛情だと言われる以外のやり方で、物事を振舞うすべを知らなかったのだ。 彼らは東京の郊外につつましい生活をはじめた。櫟林や麦畠や街道や菜園や、地形の変化に富んだその郊外は静かで清すがしかった。乳牛の・・・ 梶井基次郎 「雪後」
なか/\取ッつきの悪い男である。ムッツリしとって、物事に冷淡で、陰鬱で、不愉快な奴だ。熱情なんど、どこに持って居るか、そんなけぶらいも見えん。そのくせ、勝手な時には、なか/\の感情家であるのだ。なんでもないことにプン/\お・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・ それまでおとなしく立っていた、物事に敏感な顔つきをしている兵卒が、突然、何か叫びながら、帽子をぬぎ棄てて前の方へ馳せだした。その男もたしか将校と云いあっていた一人だった。 イワンは、恐ろしく、肌が慄えるのを感じた。そして、馬の方へ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・それでも、彼と同じ年恰好の者のうちでは、誰れにも負けず、物事をよく知っていた。農林学校を出た者よりも。それが、僕をして、兄を尊敬さすのに十分だった。虹吉は、健康に、団栗林の中の一本の黒松のように、すく/\と生い育っていた。彼は、一人前の男と・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・小村は内気で、他人から云われたことは、きっとするが、物事を積極的にやって行くたちではなかった。吉田は出しゃばりだった。だが人がよかったので、自分が出しゃばって物事に容喙して、結局は、自分がそれを引き受けてせねばならぬことになってしまっていた・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・これもやはりそういう身分の人で、物事がよく出来るので以て、一時は役づいておりました。役づいておりますれば、つまり出世の道も開けて、宜しい訳でしたが、どうも世の中というものはむずかしいもので、その人が良いから出世するという風には決っていないも・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・何だって月謝を出さなければ物事はおぼえられない。贋物贋筆を買うのは月謝を出すのだから、少しも不当の事ではない。さて月謝を沢山出した挙句に、いよいよ真物真筆を大金で買う。嬉しいに違いない、自慢をしてもよいに違いない。嬉しがる、自慢をする。その・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・次兄は、酒にも強く、親分気質の豪快な心を持っていて、けれども、決して酒に負けず、いつでも長兄の相談相手になって、まじめに物事を処理し、謙遜な人でありました。そうしてひそかに、吉井勇の、「紅燈に行きてふたたび帰らざる人をまことのわれと思ふや。・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫