・・・分子の集団から成る物体を連続体と考えてこれに微分方程式を応用するのが不思議でなければ、色の斑点を羅列して物象を表わす事も少しも不都合ではない。 もう少し進んで科学は客観的、芸術は主観的のものであると言う人もあろう。しかしこれもそう簡・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・これに反して遠方から見る場合にはもはやふり仰いで見る心持はなくなって、眼とほぼ同水平面にある視角の小さな物体を見ることになるので、それで上下と左右の比率が正しく認識されるのではないかというのである。この解釈は間違っているかもしれないが、しか・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・また光というものでも、昔は人の眼から何物か飛び出して物体に当るから見えると思った時代もある。ニュートンは物体から微粒子が飛んで来るのが光だと考えたが、ハイゲンスが出て来て波動説を称えこれが承認されるに幾多の年月がかかった。それも始めはエーテ・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・眼前の物体の光学的影像がちゃんと網膜に映じていてもその物の存在を認めないことはある。これはだれでも普通に経験することである。たとえば机の上にある紙切りが見えないであたり近所を捜し回ることがある。手に持っている品物をないないと言って騒ぐのは、・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・震動の筋肉感や、耳に聞こゆる破壊的の音響や、眼に見える物体の動揺転落する光景などが最も直接なもので、これには不可抗的な自然の威力に対する本能的な畏怖が結合されている。これに附帯しては、地震の破壊作用の結果として生ずる災害の直接あるいは間接な・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・理論的に言えば、破壊の起こる直前までの過程についてはプラスティックな物体の力学からある程度まではこぎつけられるが、ほんとうに破壊が起こり始めたが最後、もう始めの微分方程式も境界条件も全部無効になるから、これらの理論はその後の事がらについては・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・変数が長さ、時間、あるいはこれらの合成によりて得らるるものならば比較的簡単なれでも、例えば物体の温度、荷電等のごとき性質のものが与えられたりとせよ。もし物体の内部構造等に立ち入らざるマクロスコピックの見方よりすれば、これらの量は直ちに物体の・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 物理学の初歩の教科書を見ると、地球重力による物体落下の加速度は毎秒毎秒九・八メートルであると書いてある。しかしデパートの屋上から落とした一枚の鼻紙は決してこの方則には従わないのである。重力加速度に関する物理の方則は空気の抵抗や風の横圧・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・遠慮深い小さな声で言っているのであったがさすがにきのうの大宮の車夫とはちがって、絵の中の物体を指摘したりしないで「色」を言ったりするところがそれだけ新しい時代の子供であるのかもしれない。 ここはいいかげんに切り上げて丘の上の畑の中を歩い・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ いったい「物体」が存在するということは、換言すれば、その物体と周囲との境界面が存在するということである。物体が認識され、物と物、物とエネルギーとの間に起こる現象が知覚されるのはやはりこの境界面があるからである。この事は、物理学で「場」・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫