・・・このような古風な顔では、どうせ女には好かれまいが、けれども世の中には物好きが居らぬものでもあるまい。仙術の法力を失った太郎は、しもぶくれの顔に口鬚をたらりと生やしたままで蔵から出て来た。 あいた口のふさがらずにいる両親へ一ぶしじゅうの訳・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・それから、もし、睡蓮が他の水草を次第に圧迫して蔓延するか、しないか、これも問題である。物好きな人があったら、年々写真でもとっておいて、あとで研究したらおもしろそうである。 ついでながら、池には大きな鯉がかなりたくさんいる。あたたかい時候・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・うな映画を批評するのなら、何を言っておいてもあとに証拠が残らないからいいが、金銅の大仏などについてうっかりでたらめな批評でも書いておいて、そうして運悪くこの批評が反古にならずに百年の後になって、もしや物好きな閑人のためにどこかの図書館の棚の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・植物学者ブラウンの物好きな研究はいったん世に忘れられたが、近年に到って分子説の有力な証拠として再び花が咲いたのである。実用方面でも幾多の類例がある。ガリレーの空気寒暖計は発明後間もなく棄てられたが、今日の標準はまた昔のガス寒暖計に逆戻りした・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ それはとにかく、自分が泣いているとき、また笑いこけているとき、少しばかり気をかえて泣くこと笑うことの生理的意義を考えてみるのも全くむだなことではないかもしれないと思うので、物好きな読者にまれにはそうした実験を試みることをすすめたいと思・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかしだれか物好きな人があって、丸善の二階で見張っていて、たくさんの顧客の歩く道筋を統計的に調べてみたら存外おもしろい結果が得られはしまいか。心理学者や生理学者の参考になるような事が見つからないとも限らない。それほどでなくとも、少なくも丸善・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・のみ研究しているのだから、世の中に気に入ろうとしたって気に入れる訳でもなし、世の中でもこれらの人の態度いかんでその研究を買ったり買わなかったりする事も極めて少ないには違ないけれども、ああいう種類の人が物好きに実験室へ入って朝から晩まで仕事を・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ろくに見もしないうちに、その一時の物好きが止んだので、私が自分の家の中に、こんな小鳥を持ったのは、真に久しぶりのことなのであった。 出て行って、水浴びの出来そうな鉢を買ったり、巣を買ったり、楽しく世話をやいた。名が急には覚えられないので・・・ 宮本百合子 「小鳥」
出典:青空文庫