・・・ ややしばらくしてから父はきわめて落ち着いた物腰でさとすように、「それほど父に向かって理屈が言いたければ、立派に一人前の仕事をして、立派に一人前の生活ができたうえで言うがいい。何一つようし得ないで物を言ってみたところが、それは得手勝・・・ 有島武郎 「親子」
・・・いぶん可愛がられて、十年ほど前にお母さんが死んで、それからは厳父は、何事も大隅君の気のままにさせていた様子で、謂わば、おっとりと育てられて来た人であって、大学時代にも、天鵞絨の襟の外套などを着て、その物腰も決して粗野ではなかったが、どうも、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・に、さし画でもカットでも何でも描かせてほしいと顔を赤らめ、おどおどしながら申し出たのを可愛く思い、わずかずつ彼女の生計を助けてやる事にしたのである。物腰がやわらかで、無口で、そうして、ひどい泣き虫の女であった。けれども、吠え狂うような、はし・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・てるは、その物腰の粗雑にして、言語もまた無礼きわまり、敬語の使用法など、めちゃめちゃのゆえを以て解雇されたのである。 美濃は、知らぬ振りをしていた。 三日を経て、夜の九時頃、美濃十郎は、てるの家の店先にふらと立っていた。「てるは・・・ 太宰治 「古典風」
・・・その中の一人が、すっと私の前に立ちふさがり、火を貸して下さい、と叮嚀な物腰で言った。私は恐縮した。私は自分の吸いかけの煙草を差し出した。私は咄嗟の間に、さまざまの事を考えた。私は挨拶の下手な男である。人から、お元気ですか、と問われても、へど・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・坊ちゃん、と言われて私は、やはり私の家はこの部落では物持ちで上品なほうなのだから、私の物腰にもどこか上品な魅力があってそれでこんなに特別に可愛がられるのかしら、とまことに子供らしくない卑俗きわまる慢心を起し、いかにも坊ちゃんと言われてふさわ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ただ、ひとの物腰だけで、ひとを判断しようとしている。下品とはそのことである。君の文学には、どだい、何の伝統もない。チェホフ? 冗談はやめてくれ。何にも読んでやしないじゃないか。本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である。・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ そのうちに一人物腰などからかなりの老人らしく思われるのがやって来て、私の右にしゃがんでしばらく黙って見ていたが、やがてこんな問答がはじまった。「しょうべえに描くのですか、娯楽のために描くのですか。」「養生のためにやっています。・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 原稿を翻される手つき、それを伏せて左手をその上においたまま一寸上体をのり出すようにされての物云い、私は祖父というものを知らずに育ったから、坪内先生の白いお髭や物腰やに衰えぬ老人の或る瀟洒たる柔軟性というようなものを感じ大変注意をひかれ・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・ 藤原銀次郎という名に対して、あの演壇に立っての柔らかな声、物腰とは、会社の会議じゃないのだゾという彌次を誘い出したほど、いかにも社長さんらしい。実は事務引つぎもまだすっかりすんでいませんので、とお得意の頭を下げれば、の手であろうか、度・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫