・・・ 私は生れつき特権というものを毛嫌いしていたので、私の学校が天下の秀才の集るところだという理由で、生徒たちは土地で一番もてる人種であり、それ故生徒たちは銭湯へ行くのにも制服制帽を着用しているのを滑稽だと思ったので、制服制帽は質に入れて、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・「――あの蓄音機は、士官学校を出て軍人を職業として選んだというただそれだけのことを、特権として、人間が人間に与え得る最大の侮辱を俺たちに与えながら、神様よりも威張ってやがる。おまけに、勝って威張るのは月並みで面白くないというので負けそう・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・けれど、思想のお化けの数が新造語の数ほどあって、しかも、どれをも信じまいとする心理主義から来る不安を、深刻がることを、若き知識人の特権だと思っているような東京に三年も居れば、いい加減、故郷の感覚がなつかしくなって来る筈だ。なつかしくなれば、・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・われらの生涯を通じて歓喜より歓喜へと導くは彼の特権なるを知ればなり。彼より享くる所の静と、美と、高の感化は、世の毒舌、妄断、嘲罵、軽蔑をしてわれらを犯さしめず、われらの楽しき信仰を擾るなからしむるを知ればなり。 かるが故に、月光をして汝・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・上官にそういう特権があるものか! 彼は真面目に、ペコペコ頭を下げ、靴を磨くことが、阿呆らしくなった。 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 死んだ直後のことも、あれこれ書いてお知らせするつもりでありましたが、ふと考えてみれば、そんな悲しさは、私に限らず、誰だって肉親に死なれたときには味うものにちがいないので、なんだか私の特権みたいに書き誇るのは、読者にすまないことみたいで・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。私の言うことは、みんな出鱈目だ。一・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 此の特権を自覚し給え。この特権を誇り給え。何時迄も君に具有している特権ではないのだぞ。ああ、それはほんの短い期間だ。その期間をこそ大事になさい。必ず自身を汚してはならぬ。地上の分割に与るのは、それは学校を卒業したら、いやでも分割に与る・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・という形容詞に対する特権を享有することになるのか。 人間の使ういろいろな器具器械でも一目見てなんとなくいい格好をしたものはたいてい使ってぐあいがよい。物理学実験に使われる精密器械でさえも設計のまずい使ってぐあいの悪いようなのはどことなく・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・もっとも中には、実際に、単に素材のみならず、その造型構成のイデーまでも弟子の独創によってできあがったものを、先生が、先生であるというだけの特権を濫用してそっくりわが物にして涼しい顔をする場合もないとは言われないが、またそうでない場合がずいぶ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫