・・・傷は、武器と戦闘の状況によって異るのだ。鉄砂の破片が、顔一面に、そばかすのように填りこんだ者は爆弾戦にやられたのだ。挫折や、打撲傷は、顛覆された列車と共に起ったものだ。 負傷者は、肉体にむすびつけられた不自由と苦痛にそれほど強い憤激を持・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・手も足も出ないという情況だ。あつしあつしと門々の声。前句で既に、わかり切っている事だ。芸の無い事、おびただしい。それにつづけて、 二番草取りも果さず穂に出て 去来だ。苦笑を禁じ得ない。さぞや苦労をして作り出した句であろう。去来は・・・ 太宰治 「天狗」
・・・それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・そうすると色々の母音を順々に発音する状況は一つの空間曲線として表わされる。その曲線は前に云った半円形を基とした半円筒の面の上をあちこち動きながらZの方向に延びて行くのである。 実際にこういう空間曲線を作る事は厄介であるから、その代りにこ・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪の固まりぐあいなどが如実に看取されるのである。 食糧品を両側に高く積み上げた雪中の廊下の光景などもおもしろい。食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえばわれわれの世界では桶の底に入れた一升の米の上層に一升の小豆を入れて、それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには、だいたい同じような割合に交じり合うのであるが、この状況を写した映画のフィルムを逆転する場合には、・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・当時上野なる新公園の状況を記述するもの箕作秋坪の戯著小西湖佳話にまさるものはあるまい。 箕作秋坪は蘭学の大家である。旧幕府の時開成所の教官となり、又外国奉行の通訳官となり、両度欧洲に渡航した。維新の後私塾を開いて生徒を教授し、後に東京学・・・ 永井荷風 「上野」
・・・それに反して向島災後の状況に関しては、少くとも一年一回来り見るところから、ややこれについて語ることが出来るような気がしている。吾妻橋を渡ると久しく麦酒製造会社の庭園になっていた旧佐竹氏の浩養園がある。しかしこの名園は災禍の未だ起らざる以前既・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・是ニ於テヤ酒楼ノ情況宛然妓院ニ似タルモノアリ。予復問フテ曰ク卿等女給サンノ前身ハ何ゾヤ。聞クナラク浅草公園上野広小路辺ノ洋風酒肆近年皆競ツテ美人ヲ蓄フト。果シテ然ルヤ。婢答ヘテ曰ク閣下ノ言フガ如シ。抑是ノ酒肆ハ浅草雷門外ナル一酒楼ノ分店ニシ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・る安心の度は微弱なもので、競争その他からいらいらしなければならない心配を勘定に入れると、吾人の幸福は野蛮時代とそう変りはなさそうである事は前御話しした通りである上に、今言った現代日本が置かれたる特殊の状況に因って吾々の開化が機械的に変化を余・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫