・・・と、おみよは人形に向かって、独り言をもらしたのです。 そのとき、あちらのさびしい路のほうから、こちらにやってきた、哀れなふうをした、七つか八つになったくらいの乞食の女の子がありました。どこへゆくのでしょうか、ふと、この家の前を通りかかり・・・ 小川未明 「なくなった人形」
・・・と、ケーは独り言をして、自分で気を励ましました。 けれど、それは、ちょうど麻酔薬をかがされたときのように、体がだんだんしびれてきました。そして、もうすこしでもこうしていることができなくなったほど、眠くなってきましたので、ケーはついに・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・と、娘は、あてもなく逃げていってしまった鳥に向かって、独り言のように頼みました。しかし、どこからも鳥の飛んで帰ってくるようすがありませんでした。 娘はしかたなく、野原をさまよって、だんだん森の中から、山のふもとへ歩いてきました。そのうち・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・ 吉田の母親はそれを見つけて硝子障子のところへ出て行きながら、そんな独り言のような吉田に聞かすようなことを言うのだったが、癇癪を起こすのに慣れ続けた吉田は、「勝手にしろ」というような気持でわざと黙り続けているのだった。しかし吉田がそう思・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・八カ月もの間、壁と壁と壁と壁との間に――つまり小ッちゃい独房の一間に、たった一人ッ切りでいたのだから、自分で自分の声をきけるのは、独り言でもした時の外はないわけだ。何かものをしゃべると云ったところで、それも矢張り独り言でもした時のこと位だろ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・地方文化、あなどるべからず、ナンマンダ、ナンマンダ、などと、うわごとに似たとりとめない独り言を呟いて、いつのまにか眠ったようだ。 ふと、眼をさました。眼をさました、といっても、眼をひらいたのではない。眼をつぶったまま覚醒し、まず波の音が・・・ 太宰治 「母」
・・・尤も、いわゆる随筆にも色々あって、中には教壇から見下ろして読者を教訓するような態度で書かれたものもあり、お茶をのみながら友達に話をするような体裁のものもあり、あるいはまた独り言ないし寝言のようなものもあるであろうが、たとえどういう形式をとっ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ いつか熱が出て床に就いて、誰も居ない部屋にただ一人で寝ていたとき、何かしら独り言を云っていた。ふと気が付いて見るといつの間に這入って来たか枕元に端然とこの岡村先生が坐っていたので、吃驚してしまって、そうして今の独語を聞かれたのではない・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・と見える。梅雨もだいぶ続いた。よう飽きもせずに降るの」と独り言のように言いながら、ふと思い出した体にて、吾が膝頭を丁々と平手をたてに切って敲く。「脚気かな、脚気かな」 残る二人は夢の詩か、詩の夢か、ちょと解しがたき話しの緒をたぐる。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・と云った。しばらくして、「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れて来ない方がいい」と独り言のようにつけた。 村鍛冶の音は、会話が切れるたびに静かな里の端から端までかあんかあんと響く。「しきりにかんかんやるな。どうも、あの・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫