・・・そうしてその町の右側に、一軒の小さな八百屋があって、明く瓦斯の燃えた下に、大根、人参、漬け菜、葱、小蕪、慈姑、牛蒡、八つ頭、小松菜、独活、蓮根、里芋、林檎、蜜柑の類が堆く店に積み上げてある。その八百屋の前を通った時、お君さんの視線は何かの拍・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・食べたら古今の珍味だろう、というような話から、修善寺の奥の院の山の独活、これは字も似たり、独鈷うどと称えて形も似ている、仙家の美膳、秋はまた自然薯、いずれも今時の若がえり法などは大俗で及びも着かぬ。早い話が牡丹の花片のひたしもの、芍薬の酢味・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・来て見れば予期以上にいよいよ幻滅を感じて、案外与しやすい独活の大木だとも思い、あるいは箍の弛んだ桶、穴の明いた風船玉のような民族だと愛想を尽かしてしまうかも解らない。当座の中こそ訪問や見物に忙がしく、夙昔の志望たる日露の問題に気焔を吐きもし・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・あの独活の畑から杉林にさしかかるところ、それこそ真の闇で物凄かった。女学校四年生の時、野沢温泉から木島まで吹雪の中をスキイで突破した時のおそろしさを、ふいと思い出した。あの時のリュックサックの代りに、いまは背中に園子が眠っている。園子は何も・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・パンの皮や、らっきょうや、サラダや、独活や、そんなものでも、音を立てて食うことに異常な幸福を感じる。 歯のいい人は、おそらく、この卑近な幸福を自覚する僥倖を持たないに相違ない。 この幸福がいつまで持続するか疑問である。たぶん一種の指・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫