・・・と、吉里の声は存外沈着いていた。 平田は驚くほど蒼白た顔をして、「遅くなッた、遅くなッた」と、独語のように言ッて、忙がしそうに歩き出した。足には上草履を忘れていた。「平田さん、お草履を召していらッしゃい」と、お梅は戻ッて上草履を持ッ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・これは同時に、英、仏、独語で出版される。委員はアヴェルバッハ、アッセーエフ、ゾズーリャーなどだ。 プロレタリア文学への新しい部隊養成の目的で、「ラップ」は三一年の正月から、新しい文学雑誌発行をもくろんでいる。 ところで最近の『文学新・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・アンダスンの詩人らしい気象、アメリカの効用主義的社会通念に対する反抗が主題となっていて、文章もリズムを含んで感覚的で、一見主観的な独語のなかに客観的な批判をこめて表現する作風など、ドライサアとは全く異っていて、近代の心理的手法である。 ・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・秀麿は葉巻の箱の蓋を開けて勧めながら、独語のようにつぶやいた。「僕は人の空想に毒を注ぎ込むように感じるものだから。」「それがサンチマンタルなのだよ」と云いながら、綾小路は葉巻を取った。秀麿はマッチを摩った。「メルシイ」と云って綾小路・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・甚五郎は最初黙って聞いていたが、皆が撃てぬと言い切ったあとで、独語のように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。それを蜂谷という小姓が聞き咎めて、「おぬし一人がそう思うなら、撃ってみるがよい」と言った。「随分撃ってみてもよいが、何か賭けるか・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・男は強いて誘うでもなく、独語のように言ったのである。 子供の母はつくづく聞いていたが、世間の掟にそむいてまでも人を救おうというありがたい志に感ぜずにはいられなかった。そこでこう言った。「承われば殊勝なお心がけと存じます。貸すなという掟の・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫