・・・ いつか狭霧が晴れ、川音が陽の光をふるわせて、伝わって来た。女のいかつい肩に陽の光がしきりに降り注いだ。男じみたいかり肩が一層石女を感じさせるようだと、見ていると、突然女は立ちすくんだ。 見ると隣室の男が橋を渡って来るのだった。向う・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・空は雨雲ひくく漂い、木の葉半ば落ち失せし林は狭霧をこめたり。 青年は童に別れ、独り流れに沿うて林を出で、水車場の庭に入れば翁一人、物案じ顔に大空を仰ぎいたり。青年の入り来たれるを見て軽く礼なしつ、孫屋の縁先に置かれし煙草盆よりは煙真直に・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧が朦朧と立ち込めてほんの特許に木下闇から照射の影を惜しそうに泄らし、そして山気は山颪の合方となッて意地わるく人の肌を噛んでいる。さみしさ凄さはこればかり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫