・・・ そう思うと共に陳彩は、獲物を見つけた猟犬のように、油断なくあたりへ気を配りながら、そっとその裏門の前へ歩み寄った。が、裏門の戸はしまっている。力一ぱい押して見ても、動きそうな気色も見えないのは、いつの間にか元の通り、錠が下りてしまった・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・従って高級なる猟犬として泳いだのであります。」 と明確に言った。 のみならず、紳士の舌には、斑がねばりついていた。 一人として事件に煩わされたものはない。 汀で、お誓を抱いた時、惜しや、かわいそうに、もういけないと思った。胸・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・けれど、どこにもすばしこい猟犬の鳴き声をきくし、狡猾な人間の銃をかついだ姿を見受けるし、安心して、みんなの休むところがなかったのです。そして、ようやく、この禁猟区の中のこの池を見いだしたというようなわけです。」と、老いたるがんに向かって、い・・・ 小川未明 「がん」
・・・ 一同は寒気を防ぐために盛んに焼火をして猟師を待っているとしばらくしてなの字浦の方からたくましい猟犬が十頭ばかり現われてその後に引き続いて六人の猟師が異様な衣裳で登って来る、これこそほんとの山賊らしかった。 その鉄砲は旧式で粗末なも・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・あまりに数多い、あれもこれもの猟犬を、それは正に世界中のありとあらゆる種属の猟犬だったのかも知れない、その猟犬を引き連れて、意気揚々と狩猟に出たはよいが、わが家を数歩出るや、たちまち、その数百の猟犬は、てんでんばらばら、猟服美々しく着飾った・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・たとえばアンドロメダにもオリオンにも猟犬座にもみんなあります。猟犬座のは渦巻きです。それから環状星雲というのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲とも云いますね。そんなのが今の空にも沢山あるんです。」「まあ、あたしいつか見たいわ。魚の口・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・同時に、その評論をめぐって、そこに猟犬のように群がりたかって、わたしを噛みやぶり泥の中へころがすことで、プロレタリア文学運動そのものを泥にまびらす役割をはたした人々の動きかた――政治性も、くっきりと描きだすことができる。それは、かみかかった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・そして笑いながら、「何しろ馬、馬丁と猟犬を何匹も飼っているような学生がいたんだから、こっちは人並のつき合いも出来かねるようだったよ。教授から個人指導をうけるわけだが、そんな金もありゃしなかったしね」と語った。楡の木のかげの公園で、町の若者た・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘をお建てになって、毎年秋の木の葉を鹿ががさつかせるという時分、大したお供揃で猟犬や馬を率せてお下りになったんです。い・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫