・・・が、「今日の献立て」はあっても、洋食の食べかたなどと云うものはなかった。洋食の食べかたなどと云うものは?――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速用箪笥の抽斗から古い家政読本を二冊出した。それ等の本はいつの間にか・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・心配そうに煙管を支いて、考えると見ればお菜の献立、味噌漉で豆腐を買う後姿を見るにつけ、位牌の前へお茶湯して、合せる手を見るにつけ、咽喉を切っても、胸を裂いても、唇を破っても、分れてくれとは言えなかった。先刻も先刻、今も今、優しいこと、嬉しい・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・はいるなりKという少女はあん蜜を注文したが、私はおもむろに献立表を観察して、ぶぶ漬という字が眼にはいると、いきなり空腹を感じて、ぶぶ漬を注文した。やらし人やなというKの言葉を平然と聞流しながら、生唾をのみこみのみこみ、ぶぶ漬の運ばれて来るの・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・帳場のテエブルの上には、前の晩に客へ出したらしい料理の献立なぞも載せてある。雅致のある支那風な桃色の用箋にそれが認めてある。そんな親切なやりかたがこの池の茶屋へ客の足を向けさせるらしい。お三輪はそこにも広瀬さんや新七の心の働いていることを思・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・茶室、茶庭、茶器、掛物、懐石の料理献立、読むにしたがって私にも興が湧いて来た。茶会というものは、ただ神妙にお茶を一服御馳走になるだけのものかと思っていたら、そうではない。さまざまの結構な料理が出る。酒も出る。まさかこの聖戦下に、こんな贅沢は・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ 私は『仰臥漫録』を繙いて、あの日々の食膳の献立を読む事に飽きざる興味を感じるものである。そうしてそれを読みながら、まだどういうわけか時々このゾラの小説の話を思い出すのである。 ほとんど腐朽に瀕した肉体を抱えてあれだけの戦闘と事業を・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・ 中央アジアの旅行中シナの大官からごちそうになったある西洋人の紀行中の記事に、数十種を算する献立のどれもこれもみんな一様な黴のにおいで統括されていた、といったようなことを書いている。 もう一つ日本人の常食に現われた特性と思われるのは・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ そういう考えからすれば、あまり純粋な化学薬品のような知識を少数に授けるよりは、草根木皮や総菜のような調剤と献立を用いることもまた甚だ必要なことと思われて来る。つまりここで謂うレビュー式教育も甚だ結構だということになるのである。 そ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・つまり一種の生理的の要求を満足させるための、ごちそうの献立の一つだと思えばいいのだろうと思う。ただ一つ問題になるのは、料理のほうだといやなものは食わないで済むのに、この演説だけは無理じいにしいられるという事である。 もう一つ問題になるの・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・又台所の世帯万端、固より女子の知る可き事なれば、仮令い下女下男数多召使う身分にても、飯の炊きようは勿論、料理献立、塩噌の始末に至るまでも、事細に心得置く可し。自分親から手を下さゞるにもせよ、一家の世帯は夢中に持てぬものなれば、娘の時より之に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫