・・・そこは献納提灯がいくつも掛っていて、灯明の灯が揺れ、線香の火が瞬き、やはり明るかったが、しかし、ふと暗い隅が残っていたりして、道頓堀の明るさと違います。浜子は不動明王の前へ灯明をあげて、何やら訳のわからぬ言葉を妙な節まわしで唱えていたかと思・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・千日前から法善寺境内にはいると、そこはまるで地面がずり落ちたような薄暗さで、献納提灯や灯明の明りが寝呆けたように揺れていた。境内を出ると、貸席が軒を並べている芝居裏の横丁だった。何か胸に痛いような薄暗さと思われた。前方に光が眩しく横に流れて・・・ 織田作之助 「雨」
・・・紹介者に連れて行って貰って、些少の束修――金員でも品物でもを献納して、そして叩頭して御願い申せば、直ちに其の日から生徒になれた訳で、例の世話焼をして呉れる先輩が宿所姓名を登門簿へ記入する、それで入学は済んだ訳なのです。銘々勝手な事を読んで行・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・客と主人との間の話で、今日学校で主人が校長から命ぜられた、それは一週間ばかり後に天子様が学校へご臨幸下さる、その折に主人が御前で製作をしてご覧に入れるよう、そしてその製品を直に、学校から献納し、お持帰りいただくということだったのが、解ったの・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ただ相違のある点は国民何千万人が総計延べ時間何億時間を消費し、そうして政府に何千万円の郵税を献納するか、しないかである。」 こんな好い加減の目の子勘定を並べてありふれの年賀状全廃説を称えていたが、本当はそういう国家社会の問題はどうでもよ・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ *ああ、われは献納の香炉。ささやかな火は絶えず立ちのぼる煙は やまねど行くかたを知らず 流れ行く途も弁えない。若しわが献げられた身を神がよみし給うなら寂漠の瞬間冲る香煙の頂を美し・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・この堂の建設のために、信徒は三十年も応分の寄附を怠らず、或者は子を大工や左官に仕立ててその技を献納したということだ。ゆるやかな坂をのぼった処で、黒服、鍔広帽の外国宣教師が、村の子とふざけて居る。日本人の尼僧がつれ立って、礼拝堂から出て来た。・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・まりあは、その稚い美感の制作である天蓋に護られ、献納の蝋燭の焔に少しばかりすすけ給うた卵形の御顔を穏かに傾け佇んで在られる。祭壇の後のステインド・グラスを透す暗紅紫色の光線はここまで及ばない。薄暗い御像の前の硝子壜に、目醒めるようなカリフォ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・という額を献納したのも、当を得たことだ。然し。 東京から一人新しい連れが加ったりしたので、十六日の快晴を目がけ、塩原まで遠乗りした。緩くり一時間半の行程。皆塩原の風景には好い記憶をもっていたのでわざわざ出かけたのであったが、今度は那・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫