・・・ 仁右衛門の馬は前脚を二足とも折ってしまっていた。仁右衛門は惘然したまま、不思議相な顔をして押寄せた人波を見守って立ってる外はなかった。 獣医の心得もある蹄鉄屋の顔を群集の中に見出してようやく正気に返った仁右衛門は、馬の始末を頼んで・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 一つの乳牛に消化不良なのがあって、今井獣医の来たのは井戸ばたに夕日の影の薄いころであった。自分は今井とともに牛を見て、牧夫に投薬の方法など示した後、今井獣医が何か見せたい物があるからといわるるままに、今井の宅にうち連れてゆくことに・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。いくら猫でもそれは残酷な事で不愉快であったが、追放の衆議の圧迫に負けてしまってとうとう入院させて手術を受けさせた。 手術後目立ってお・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・「失敬じゃないか、あしたは僕は陸軍の獣医官たちと大事な交際があるんだぞ。こんなことになっちゃ、まるで向うの感情を害するばかりだ。きさまの店を訴えるぞ。」と云いながら、ずんずん赤くはれて行く頬を鏡で見ていました。 親方も、むかっ腹を立・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・「へえ、のってんのは」「獣医です」「牛でも病気になったんだろうか」「馬です」「馬も居るの」「馬や牛かってるんです」「ふーむ、馬や牛より木を植える方がいいや、第一食わせなくっていいもん」 後の席の男 春外套・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・カザン大学や宗教学校、獣医学校などの学生達及び「未来のロシアについての絶間ない不安の中に生活していた人々の騒がしい集り」であった。この集りの中に「神学校の学生でパンテレイモン・サトウという日本人さえいた」というのは、何と興味ある歴史の一頁で・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫