・・・鳥さしは菅笠をかぶり、手甲脚絆がけで、草鞋をはき、腰に獲物を入れる籠を提げ、継竿になった長い黐竿を携え、路地といわず、人家の裏手といわず、どこへでも入り込んで物陰に身を潜め、雀の鳴声に似せた笛を吹きならし、雀を捕えて去るのである。 鳥さ・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・上がり詰めた上には獲物もなくて下り路をすら失うた。女は驚ろいた様もなく、うろうろする黒きものを、そと白き指で軽く払い落す。落されたる拍子に、はたと他の一疋と高麗縁の上で出逢う。しばらくは首と首を合せて何かささやき合えるようであったが、このた・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの口論からと唱え、又は夜鴉の城主の愛女クララの身の上に係る衝突に本づくとも言触らす。過ぐる日の饗筵に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩む時、首席を占むる隣り合せの・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・かような獲物はとてもわが郷里などでは得られる者ではないので、その分量の多きことにおいて、その茎の長きことにおいて、彼は頻りに誇って居る。この短い土筆は、始めのうち取ったので秉さんに笑われたのである、この長い土筆は帰りがけに急いで取ったので、・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ そして日あたりのいい南向きのかれ芝の上に、いきなり獲物を投げだして、ばさばさの赤い髪毛を指でかきまわしながら、肩を円くしてごろりと寝ころびました。 どこかで小鳥もチッチッと啼き、かれ草のところどころにやさしく咲いたむらさきいろのか・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・この知的な武器の力を、ジイドは明らかに波瀾の多い生活からの獲物として自ら知っていた。ところが、一方に告白されているような政治的、経済的無識が彼の現実を見る目を支配しているのであるから、ジイドは基本的なところで先ず自己撞着に陥り、観念の中で、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・もの、珍しいもの、そう云う限りない都会の美的富の種々を自由に、負担なく眺め、其等の形、色、線と音との微妙な錯綜から湧き出て心の裡に流れ渡る快感、空想、美の又異った一つの分野の蓄積が、何より嬉しい私共の獲物なのだ。 人間の推移する興味を素・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、どうして目に見えぬ獲物を追うように、井戸の中に飛び込んだか知らぬが、それを穿鑿しようなどと思うものは一人もない。鷹は殿様のご寵愛なされたもので、それが荼の当日に、しかもお荼所の岫雲院の井戸に・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・私は世界の運動を鵜飼と同様だとは思わないが、急流を下り競いながら、獲物を捕る動作を赤赤と照す篝火の円光を眼にすると、その火の中を貫いてなお灼かれず、しなやかに揺れたわみ、張り切りつつ錯綜する綱の動きもまた、世界の運動の法則とどことなく似てい・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・を読む人は、ロシア人の心があたかも獲物をねらう鷲のごとくこの力をねらっているように感じるだろう。そうしてロシアにならば百のラスプウチンが現われても不思議はないと思うだろう。かくのごとく信じようとする傾向の強い人民の内に、全然信ずべきものを見・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫