・・・お誓は帯のむすびめをうしろに取って、細い腰をしめさまに、その引掛けを手繰っていたが、「玉虫でしょう、綺麗な。ええ、人間は、女は浅間しい。すぐに死なないと思いましたら、簪も衣ものも欲いんです。この場所ですから、姫神様が下さるんだと思いまし・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 二 玉虫 夏のある日の正午駕籠町から上野行の電車に乗った。上富士前の交叉点で乗込んだ人々の中に四十前後の色の黒い婦人が居た。自分の隣へ腰をかけると間もなく不思議な挙動をするのが自分の注意をひいた。ハンケチで首筋の・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・二の丸三の丸の草原には珍しい蝶やばったがおびただしい。少し茂みに入ると樹木の幹にさまざまの甲虫が見つかる。玉虫、こがね虫、米つき虫の種類がかずかずいた。強い草木の香にむせながら、胸をおどらせながらこんな虫をねらって歩いた。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
出典:青空文庫