・・・ 見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走っているようである。 ササササと日が翳る。風景の顔色が見る見る変わってゆく。 遠く海岸に沿って斜に入り込んだ入江が見えた。――峻はこの城跡へ登るたび、幾度とな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・堯は一度もその玩具が売れたのを見たことがなかった。「何をしに自分は来たのだ」 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買ったあとで、ときには憤怒のようなものを感じながら高価な仏蘭西香料を買ったりするのだった。またときには・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・みんな子供の玩具程度のものばかりである。子供の時分には、絵で見て橇をこしらえて雪の降らない道の上をがた/\引っぱりまわって、通行人の邪魔をした。今、彼は、翼が六枚ついている飛行機をこしらえたらどうだろう、なんて空想している。小説をかいたりす・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・ 縁のない畳一枚。玩具のような足の低い蚊帳。 それに番号の片と針と糸を渡されたので、俺は着物の襟にそれを縫いつけた。そして、こっそり小さい円るい鏡に写してみた。すると急に自分の顔が罪人になって見えてきた。俺は急いで鏡を机の上に伏せて・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・子供が玩具にしたあとの針金のようだった、がところどころだけまぶゆくギラギラと光っていた。――「真夏」の「真昼」だった。遠慮のない大陸的なヤケに熱い太陽で、その辺から今にもポッポッと火が出そうに思われた。それで、その高地を崩していた土方は、ま・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・町の玩具屋から安物を買って来てすぐに首のとれたもの、顔が汚れ鼻が欠けするうちにオバケのように気味悪くなって捨ててしまったもの――袖子の古い人形にもいろいろあった。その中でも、父さんに連れられて震災前の丸善へ行った時に買って貰って来た人形は、・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・それをウイリイが玩具にして、しまいにどこかへなくして来ました。 ウイリイはだんだんに、力の強い大きな子になって、父親の畠仕事を手伝いました。 或ときウイリイが、こやしを車につんでいますと、その中から、まっ赤にさびついた、小さな鍵が出・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・「またみんなを玩具にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついてさせたのだという。章坊は、「兄さんを写してあげるんだから、よう、炬燵から出てくださいよ」と甘えるように言うかと思うと、「じきです。じき写ります」と・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・古い達磨の軸物、銀鍍金の時計の鎖、襟垢の着いた女の半纏、玩具の汽車、蚊帳、ペンキ絵、碁石、鉋、子供の産衣まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・もどしたものを母親が小さな玩具のバケツへ始末していた、そのバケツの色彩が妙に眼について今でも想い出される。 途中で乗客が減ったのでバスから普通の幌自動車に移された。その辺からまた道路が川の水面に近くなる。河の水面のプロフィルが河長に沿う・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫