・・・ 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買ったあとで、ときには憤怒のようなものを感じながら高価な仏蘭西香料を買ったりするのだった。またときには露店が店を畳む時刻まで街角のレストランに腰をかけていた。ストーヴに暖められ、ピア・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「高瀬さんに珈琲でも入れて上げたら可かろう」「私も今、そう思って――」 こんな言葉を奥さんと換した後、先生は高瀬と一緒に子供の遊んでいる縁側を通り、自分の部屋へ行った。庭の花畠に接した閑静な居間だ。そこだけは先生の趣味で清浄に飾・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・大塚さんはその食卓の側に坐って、珈琲でも持って来るように、と田舎々々した小娘に吩咐けた。廊下を隔てて勝手の方が見える。働好きな婆さんが上草履の音をさせている。小娘は婆さんの孫にあたるが、おせんの行った後で、田舎から呼び迎えたのだ。家には書生・・・ 島崎藤村 「刺繍」
人物甲、夫ある女優。乙、夫なき女優。婦人珈琲店の一隅。小さき鉄の卓二つ。緋天鵞絨張の長椅子一つ。椅子数箇。○甲、帽子外套の冬支度にて、手に上等の日本製の提籠を持ち入り来る。乙、半ば飲みさしたる麦酒の小瓶を前に置き、絵・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・おまえとわかれて、たちどころに私は、チョッキのボタンを全部、むしり取ってしまって、それから煙草の吸殻を、かたっぱしから、ぽんぽんコーヒー茶碗にほうりこんでやった。あれは、愉快だった。実に、痛快であった。ひとりで、涙の出るほど、大笑いした。私・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・それでも、兄は誇の高いお人でありますから、その女の子に、いやらしい色目を使ったり、下等にふざけたりすることは絶対にせず、すっとはいって、コーヒー一ぱい飲んで、すっと帰るということばかり続けて居りました。或る晩、私とふたりで、その喫茶店へ行き・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・○本気になれぬ。○ゆうべ、うらない看てもらった。長生する由。子供がたくさん出来る由。○飼いごろし。○モオツアルト。Mozart.○人のためになって死にたい。○コーヒー八杯呑んでみる。なんともなし。○文化の敵、ラジ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・そして文士の出入する珈琲店に行く。 そこへ行けば、精神上の修養を心掛けていると云う評を受ける。こう云う評は損にはならない。そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ラインゴルドで午食をして、ヨスチイで珈琲を飲んで、なんにするという思案もなく、赤い薔薇のブケエを買って、その外にも鹿の角を二組、コブレンツの名所絵のある画葉書を百枚買った。そのあとでエルトハイムに寄って新しい襟を買ったのであった。 晩に・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・それからバードが宿舎にはいってくるとたれかが熱いコーヒーを一杯持ってくる。それを一口飲んだ時の頬の筋肉の動きにちょっと説明のできない真実味があると思った。 病犬を射殺するやや感傷的な場面がある。行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰り・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫