・・・ ダリヤは天竺牡丹といわれ稀に見るものとして珍重された。それはコスモスの流行よりも年代はずっと早かったであろう。チュリップ、ヒヤシンス、ベコニヤなどもダリヤと同じく珍奇なる異草として尊まれていたが、いつか普及せられてコスモスの流行るころ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸という点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏は免がれぬ。まして材をその一局部に取って纏ったものを書こうとすると到底万事原著による訳には・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・幻影の盾を南方の豎子に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳してその所以を問うに黙して答えず。強いて聞くとき、彼両手を揚げて北の空を指して曰く。ワルハラの国オジンの座に近く、火に溶けぬ黒鉄を、氷の如き白炎に鋳たるが幻影の盾なり。……」この時戸・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・その前後に、これまでは決して插画を描かなかった小村雪岱、石井鶴三、中川一政などという画家たちが、装幀や插画にのり出して来て、その人々のその種の作品は、本格的な画家であるが故に珍重されつつ、その半面ではそのことで彼等の本格の仕事に一種派手やか・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・と云う厭うべき遁辞の裡に美化しようとするのみならず、小溝も飛べない弱さを、優美とし「珍重」する男性は、その遁辞を我からあおって、自分等の優越を誇って居ります。 此等に気焔を上げてしまいましたが、とにかく、此の積極的という事は、万事に就て・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・今日でもサラ・ブレッドが珍重されるように、ましてや自分の大事な宝物と思われる財産のゆずりうけをする男の子は、厳重に、父親からのサラ・ブレッドでなければならないと思われて来た。 婦人に対して、社会が、生存の基本になるモラルとして、貞操を要・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・薄暗い部屋だから、眼に力をこめて凝視すると、画と実物の貝殼などとのパノラマ的効果が現れ、小っぽけな窓から海底を覗いて居るような幻覚が起らない限でもないのだ――大人にパノラマが珍重された時代が我々の一九二六年迄かえって来る。―― 間もなく・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・社会主義リアリズムとよばれる創作方法が、プロレタリア文学運動者たちの珍重するソヴェトわたりの手品の鞠のように傍観されていた時代も、すぎた。 文学における社会性の課題、政治と文学との関係を文学の立場からもっと明らかにしなければならないとい・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・ 学生達はゴーリキイを、生えぬきの民衆の子としてばつが悪い位珍重しながら、一方ではゴーリキイを、彼等流の教育で鍛えようとした。教師たちは、ゴーリキイに勝手に好きな本をよむことを許さなかった。読んだものについてのゴーリキイらしい批評を注意・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 一八八〇年代のロシアにおける急進的な学生達の姿は、ゴーリキイの思い出をとおして、髣髴と我らの前に立つ思いに打たれるのであるが、彼等はゴーリキイを生えぬきの民衆の子として珍重しつつ、ゴーリキイを、彼等流の教育で鍛えようとした。教師たちは・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫