・・・綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございま・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 香の煙の立ち昇る中に、冠の珠玉でも光らせながら、蓮の花か何か弄んでいれば、多少の鼻の曲りなどは何人の眼にも触れなかったであろう。況やアントニイの眼をやである。 こう云う我我の自己欺瞞はひとり恋愛に限ったことではない。我々は多少の相違さ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ちょいと内証で、人に知らせないように遣る、この早業は、しかしながら、礼拝と、愛撫と、謙譲と、しかも自恃をかね、色を沈静にし、目を清澄にして、胸に、一種深き人格を秘したる、珠玉を偲ばせる表顕であった。 こういううちにも、舞台――舞台は二階・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「ははん――姫様のおめしもの持て――侍女がそう言うと、黒い所へ、黄色と紅条の縞を持った女郎蜘蛛の肥えた奴が、両手で、へい、この金銀珠玉だや、それを、その織込んだ、透通る錦を捧げて、赤棟蛇と言うだね、燃える炎のような蛇の鱗へ、馬乗りに乗っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・……二三度、四五度、繰返すうちに、指にも、手にも、果は指環の緑碧紅黄の珠玉の数にも、言いようのない悪臭が蒸れ掛るように思われたので。……「ええ。」 紫玉はスッと立って、手のはずみで一振振った。「ぬしにおなりよ。」 白金の羽の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を満盛した和歌漢詩新体韻文の聚宝盆で、口先きの変った、丁度果実の盛籠を見るような色彩美と清新味で人気を沸騰さした。S・S・Sとは如何なる人だろう、と、未知の署名者の謎がい・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・新緑の光に輝き、仰げば梢と梢との間には大空澄みて蒼く高く、林の奥は日の光届きかねたれど、木の間木の間よりもるる光はさまざまの花を染め出だし、涼しき風の枝より枝にわたるごとに青き光と黒き影は幾千万となき珠玉の入り乱れたらんごとく、岸に近き桜よ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 短い期間のうちに珠玉のような完成をとげた者にとっては、その最後の時に、自ら自力で終止符を打ってしまうそのことにも意義があるだろう。いや、それが春月のように今までの世界が空白になって、それからさきが彩られて──最も意義あることなのかもし・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・願う事の叶わばこの黄金、この珠玉の飾りを脱いで窓より下に投げ付けて見ばやといえる様である。白き腕のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡きつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・しかし流石にその二三の作品だけは、ニイチェでなければ書けない珠玉の絶唱で、世界文学史上にも特記さるべき名詩である。特に「今は秋、その秋の汝の胸を破るかな!」の悲壮な声調で始まつてる「秋」の詩。及び鴉等は鳴き叫び風を切りて町へ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫