・・・ごらんなさいましという、言葉が道をつけて、隧道を覗かす状に、遥にその真正面へ、ぱっと電燈の光のやや薄赤い、桂井館の大式台が顕れた。 向う歯の金歯が光って、印半纏の番頭が、沓脱の傍にたって、長靴を磨いているのが見える。いや、磨いているので・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ といったが克明な色面に顕れ、「おお、そして何よ、憂慮をさっしゃるな、どうもしねえ、何ともねえ、俺あ頸子にも手を触りやしねえ、胸を見な、不動様のお守札が乗っけてあら、そらの、ほうら、」 菊枝は嬉しそうに血の気のない顔に淋しい笑を・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕れて、裡の面白さが思遣られる。 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚くにさえ張合も何にもない。表飾りの景気から推せば、場内の広さも、一軒隣のアラビヤ式と銘打った競馬ぐらいはあろうと思うの・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・社殿の雪洞も早や影の届かぬ、暗夜の中に顕れたのが、やや屈みなりに腰を捻って、その百日紅の梢を覗いた、霧に朦朧と火が映って、ほんのりと薄紅の射したのは、そこに焚落した篝火の残余である。 この明で、白い襟、烏帽子の紐の縹色なのがほのかに見え・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・鵝絨の羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流のように動いて、何がなしに、言いようのない強い薫が芬として、目と口に浸込んで、中に描いた器械の図などは、ずッしり鉄の楯のように洋燈の前に顕れ出でて、絵の硝子が燐と光った。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・時に、樹の蔭より、顔黒く、嘴黒く、烏の頭して真黒なるマント様の衣を裾まで被りたる異体のもの一個顕れ出で、小児と小児の間に交りて斉しく廻る。地に踞りたる画工、この時、中腰に身を起して、半身を左右に振って踊る真似す。続いて、初の黒き・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・うな兄哥が、二七講の景気づけに、縁日の夜は縁起を祝って、御堂一室処で、三宝を据えて、頼母子を営む、……世話方で居残ると……お燈明の消々時、フト魔が魅したような、髪蓬に、骨豁なりとあるのが、鰐口の下に立顕れ、ものにも事を欠いた、断るにもちょっ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ やや光の増し来れる半輪の月を背に、黒き姿して薪をば小脇にかかえ、崖よりぬッくと出でて、薄原に顕れしは、まためぐりあいたるよ、かの山番の爺なりき。「まだ帰らっしゃらねえの。おお、薄ら寒くなりおった。」 と呟くがごとくにいいて、か・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 真俯向けに行く重い風の中を、背後からスッと軽く襲って、裾、頭をどッと可恐いものが引包むと思うと、ハッとひき息になる時、さっと抜けて、目の前へ真白な大な輪の影が顕れます。とくるくると廻るのです。廻りながら輪を巻いて、巻き巻き巻込めると見・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 見ているうちに、その一つが、ぱっと消えるかと思うと、たちまち、ぽっと、続いて同じ形が顕れます。消えるのではない、幽に見える若狭の岬へ矢のごとく白くなって飛ぶのです。一つ一つがみなそうでした。――吹雪の渦は湧いては飛び、湧いては飛びます・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
出典:青空文庫