・・・それでいいだろう。現物を眼の前に持って来て、俺たちの手に握らせたら、そっちへつく。それでいいわけではないか。われわれ百姓には野心は無いんだ。受けた恩は、きっと、それだけかえしてやる。それはもう、われわれ百姓の正直なところだ。進歩党も社会党も・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・これをわかりやすく申しますと、物をかいて、現物のように出来上っても、知、情、意、の働きのあらわれておらんのがあります。何だか気乗りのしないのがあります。どことなく機械的なのがあります。私の技巧と云うのは、この種の技巧を云うのであります。私の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・京都にいる貴族の所有地である荘園とそこの住民は荘園の主にまかされて、すべての生活必需品を現物で京都の貴族たちに収めなければならなかった。あらゆる貴重な織物もこうして荘園の女の努力からつくられた。藤原時代というと十二単衣ばかりを思いおこすけれ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・それから土地と農民との関係では、大きな地主が土地をもっていて、そこで働く農民はみなその土地を借りて小作して、そして領主や地主に納めるものは現物であったのです。つまりお米とか麦とか、いろいろの野菜とか、鶏とか卵とか、或はお餅でもよいし人蔘でも・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・土地の関係も徳川時代と変りない地主小作の関係がつづき、年貢を米、麦等現物でおさめ、耕作方法も機械化されていない。今日までの政治で、一般人民がどんなに無権利であったかを思い出せば、日本に近代市民社会の無かったことは明瞭である。ほんの一握りの大・・・ 宮本百合子 「三つの民主主義」
・・・日本は封建時代より大地主たる大名があって、その土地は、それぞれの小さい区分に分けられて、名主が管理して、領主に毎年年貢を現物で納めた。つまり米、麦、その他直接生産物で納めた。明治になって廃藩置県が行われた。名主はなくなって村長となり、藩はな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫