・・・交際しなくともよいと云えばそれまでであるが、情けないかな交際しなければいられないのが日本の現状でありましょう。しかして強いものと交際すれば、どうしても己を棄てて先方の習慣に従わなければならなくなる。我々があの人は肉刺の持ちようも知らないとか・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 作物の現状と文士の窮状とは既に上説の如くであって、ここに保護のために使用すべき金が若干でもあるとすれば、それを分配すべき比較的無難な方法はただ一つあるだけである。余は毎月刊行の雑誌に掲載される凡ての小説とはいわないつもりであるが、その・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・この矛盾的な賃銀問題の落着を可能にしている根拠は、科学主義工業がどこまでも農村生活の現状を保守して、副業にとどめて置こうとしているところにひそんでいるのである。強請して小規模で分散的な副業に止めておこうとする理由は「集団作業の心理状態には被・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ばならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに遺っている過去の、殆ど習性にさえ成った日蔭の依頼主義の底力に押されて、非常に微細に、非常に滑っこく、自分の現状と外界の社会的事情との間に、何か連続・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 革命的小市民というのは、社会の現状に一応の批判をもって、ある程度の変革に参加するけれども、労働者階級の勝利と社会主義、共産主義への見とおしに生きるには到っていない人々を意味する。私はそういう種類の作家ではない。進行中の長篇は起伏を通じ・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・なぜなら治安維持法そのものはなくなっても、日本の民主化の現状をみれば勤労階級の当面している困難は決して単純でない。佐野、鍋山、三田村達がさかんに策謀している組合、労働組合の民主化運動に対し組合員党員の一人一人がどんなに正しくまたひろい実際性・・・ 宮本百合子 「共産党とモラル」
・・・政治なんぞは先ず現状のままでは一時の物で、芸術は永遠の物だ。政治は一国の物で、芸術は人類の物だ。」小川は省内での饒舌家で、木村はいつもうるさく思っているが、そんな素振はしないように努めている。先方は持病の起ったように、調子附いて来た。「しか・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・自分は神霊の存在なんぞは少しも信仰せずに、唯俗に従って聊復爾り位の考で糊塗して遣っていて、その風俗、即ち昔神霊の存在を信じた世に出来て、今神霊の存在を信ぜない世に残っている風俗が、いつまで現状を維持していようが、いつになったら滅亡してしまお・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・もし蓮見を希望せられる方があったら、現状を問い合わせてからにしていただきたい。 あの蓮の花の光景がもう見られなくなっているとしたら、実に残念至極のことだと思うが、しかし巨椋池はかなり広いのであるからそんなことはあるまい。・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・我々は日本の文化の現状がまだこの幼稚の段階にとどまっているのではないかを恐れる。欧州文化の咀嚼においても、また自国文化の自覚においても。浜田耕作氏によると、大阪城大手門入り口の大石の一は横三十五尺七寸高さ十七尺五寸に達し、その他・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫