・・・それがまたなぜだと訊ねて見ると、わたしはあの女を好いていない、遊芸を習わせるのもそのためだなぞと、妙な理窟をいい出すのです。そんな時はわたしが何といっても、耳にかける気色さえありません。ただもうわたしは薄情だと、そればかり口惜しそうに繰返す・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・父の癖として、このように一心不乱になると、きわめて簡単な理屈がどうしてもわからないと思われるようなことがあった。監督が小言を言われながら幾度も説明しなおさなければならなかった。彼もできるだけ穏やかにその説明を手伝った。そうすると父の機嫌は見・・・ 有島武郎 「親子」
・・・B しかしあれには色色理窟が書いてあった。A 理窟は何にでも着くさ。ただ世の中のことは一つだって理窟によって推移していないだけだ。たとえば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引き抜いて見ないで全体として見るような傾向になって来た。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 内で熟としていたんじゃ、たとい曳くにしろ、車も曳けない理窟ですから、何がなし、戸外へ出て、足駄穿きで駈け歩行くしだらだけれど、さて出ようとすると、気になるから、上り框へ腰をかけて、片足履物をぶら下げながら、母さん、お米は? ッて聞くん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・とは、堂々たる男子のすることでないかの如くに考えているらしい、歴史上の話や、茶器の類などを見せられても、今日の社会問題と関係なきものの如くに思って居る、欧米あたりから持ってきたものであれば、頗る下等な理窟臭い事でも、直ぐにどうのこうのと騒ぐ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ こんな理屈ッぽい考えを浮べながら筆を走らせていると、どこか高いところから、「自分が耽溺しているからだ」と、呼号するものがあるようだ。またどこか深いところから、「耽溺が生命だ」と、呻吟する声がある。 いずれにしても、僕の耽溺・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・これを日本国民が二千年来この生を味うて得た所のものと国民性に結びつけて難かしく理窟をつける処に二葉亭の国士的形気が見える。 だが、同じ日本の俗曲でも、河東節の会へ一緒に聴きに行った事があるが、河東節には閉口したらしく、なるほど親類だけに・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 文芸が趣味であり、また、単に自己享楽のためであり、若しくは、芸であると解する人々は、いかに理窟を言っても、根性の底に、昔の幇間的態度の抜けないのを見る。それは文芸の隆盛な時代は、大概太平な時代であったからである。そして、芸術が享楽階級・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・「せめて何か、口約束でもした中と言うならだが、元々そんなことのあったわけじゃなし、それにお前の話を聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、怨みたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……」「…………」「何もお・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ しかし私は少し理屈を言いすぎた。おまけに先廻りすぎた。話を戻そう。――私はとにかく長髪を守っていたのであるが、やがて第二国民兵の私にも点呼令状が来た。そして点呼の日が近づくにつれて、私を戦慄させるようなさまざまな噂が耳にはいった。こと・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫