・・・ 主筆 それは理論の上だけですよ。たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。 保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか? 主筆 そ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・――「一切の理論は灰色だが、緑なのは黄金なす生活の樹だ!」 彼は悪魔に別れた後、校舎の中へ靴を移した。教室は皆がらんとしている。通りすがりに覗いて見たら、ただある教室の黒板の上に幾何の図が一つ描き忘れてあった。幾何の図は彼が覗いたのを知・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・はすでに五年の間間断なき論争を続けられてきたにかかわらず、今日なおその最も一般的なる定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・各階級層を通じて、本能的に生育しつつある児童の生活を見、理論でなしに愛情によってはぐくまんとします。かゝる一群の作家こそ、独り芸術の力の何たるかを解し、そして、童話こそは、詩的要素に富む、芸術でなければならぬと主張する輩です。 学校・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・与うるにも、受けるにも、そこに何等の条件と理論とを必要としないのである。 自然にあっても、芸術にあっても、いつでもこうして、美しいものや、正しいものは、人間の魂を清らかにする。そればかりでなく、現実から、遠いところへ彼等を、誘って行くも・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・攻撃の速度を急ぐ相懸り将棋の理論を一応完成していた東京棋師の代表である木村を向うにまわして、二手損を以て戦うのは、何としても無理であった。果してこの端の歩突きがたたって、坂田は惨敗した。が、続く対花田戦でも、坂田はやはり第一手に端の歩を突い・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・彼はラスプーチンのような顔をして、爪の垢を一杯ためながら下宿の主婦である中年女と彼自身の理論から出たらしいある種の情事関係を作ったり、怪しげな喫茶店の女給から小銭をまきあげたり、友達にたかったりするばかりか、授業料値下げすべしというビラをま・・・ 織田作之助 「髪」
・・・実際それらの教団の中には理論のための理論をもてあそぶソフィスト的学生もあれば、論争が直ちに闘争となるような暴力団体もあり、禅宗のように不立文字を標榜して教学を撥無するものもあれば、念仏の直入を力調して戒行をかえりみないものもあった。 世・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・それを親爺は理論的に説明することはよくしないが、具体的な実例によって、知っている僕は、たびたび親爺の話をきいたものだ。親爺も、僕達と同じようなことを考えている。だから、僕が、社会主義の話をしてきかせると、非常に嬉しがってきいている。親爺も、・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・研究会で、理論闘争をやるほどのものではないにしろ、なお、その臭味がある。そこで、百姓は、十分その意味を了解することが出来ない。「吾々、無産階級は……」と云う。既に、それが、一寸難解である。「我々貧乏人は……」と云う。それでも分らないこと・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
出典:青空文庫