・・・ 理非曲直も弁えずに、途方もない夢ばかり見続けている、――そこが高平太の強い所じゃ。小松の内府なぞは利巧なだけに、天下を料理するとなれば、浄海入道より数段下じゃ。内府も始終病身じゃと云うが、平家一門のためを計れば、一日も早く死んだが好い。そ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ もっと解りやすく云えば、党派心がなくって理非がある主義なのです。朋党を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動しないという事なのです。それだからその裏面には人に知られない淋しさも潜んでいるのです。すでに党派でない以上、我は我の行くべき・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・妻も一処に怒りて争うは宜しからず、一時発作の病と視做し一時これを慰めて後に大に戒しむるは止むを得ざる処置なれども、其立腹の理非をも問わず唯恐れて順えとは、婦人は唯是れ男子の奴隷たるに過ぎず、感服す可らざるのみか、末段に女は夫を以て天とす云々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ これまで永い間、重い歴史の蓋をかぶせられて、日本の老いも若きも、何と暗い無智におかれ、理非をいわせぬ犠牲となって一生を過して来たことでしょう。 今やわたくしたちは元気よく立ち上ったその肩の力で、人間生活を圧し殺して来た圧迫を徹底的・・・ 宮本百合子 「明日を創る」
・・・原因には少くとも芸術に向う素質をもった人間的心情にとって、数百年間の封建日本の重い絆と、薄弱であるのに形は動かしがたい封建知性人の経済的基礎とが、常に人生をあわれと見る心理に追いこんで来たことがある。理非に訴えて政治的にそれを打破する可能は・・・ 宮本百合子 「生活においての統一」
日本の言葉に、大人気ない、という表現がある。誰の目から見てもあんまり愚劣だと思われることがらや、衆目が、そこに誹謗を見とおすような言動に対して、まともにそれをとりあげたり、理非を正したりすることは、日本の表現では大人気ない・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・何をッという気勢は云わば互の気力の渡り合いで、気力のきついものが、時によっては理非をこえて勝をしめる。列の前期の世相の殺気めいたものだと思う。 列の感覚というものは、どうやら違うようだ。岸田国士氏は、日本人が列のきびしさを知らず、前へわ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・しかし、その人々は、言葉の正しい意味で自分達でした戦争で死んだのではなくて、不幸なその人達及び、私達人民一般は、させられた戦争に、理非をも云わせず引き出されたのであった。 この事実を明瞭にしなければ、私達の今後の生活は、どんな新出発の足・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・その他正直者の重用を説き、理非を絶対に曲げてはならないこと、断乎たる処分も結局は慈悲の殺生であることなどを力説しているのも、目につく点である。我々はそこに、精神の自由さと道義的背景の硬さとを感じ得るように思う。 やや時代の下るもののうち・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫