・・・俳諧師の群は瓢箪を下げて江東の梅花に「稍とゝのふ春の景色」を探って歩き、蔵前の旦那衆は屋根舟に芸者と美酒とを載せて、「ほんに田舎もましば焚く橋場今戸」の河景色を眺めて喜んだ。 最初河水の汎濫を防ぐために築いた向島の土手に、桜花の装飾を施・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 向嶋も今では瓢箪を下げた風流人の杖を曳く処ではなく、自動車を飛して工場の製作物を見に行く処であろう。 永井荷風 「向島」
・・・爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。 爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・単に蒐集狂という点から見れば、此煙管を飾る人も、盃を寄せる人も、瓢箪を溜める人も、皆同じ興味に駆られるので、同種類のもののうちで、素人に分らない様な微妙な差別を鋭敏に感じ分ける比較力の優秀を愛するに過ぎない。万年筆狂も性質から云えば、多少実・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・それより山男、酒屋半之助方へ参り、五合入程の瓢箪を差出し、この中に清酒一斗お入れなされたくと申し候。半之助方小僧、身ぶるえしつつ、酒一斗はとても入り兼ね候と返答致し候処、山男、まずは入れなさるべく候と押して申し候。半之助も顔色青ざめ委細承知・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・芭蕉は、小舎の柱に一つの瓢箪をつるし、そのなかに入れた米とそのほかほんの僅かの現世的経済の基礎を必要としただけで、権力のための闘いからも、金銭のための焦慮からも解放された芸術の境地を求めた。それは芭蕉の時代にもう武士階級の経済基礎は商人に握・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・誰が言い出したことか知らぬが、「阿部はお許しのないを幸いに生きているとみえる、お許しはのうても追腹は切られぬはずがない、阿部の腹の皮は人とは違うとみえる、瓢箪に油でも塗って切ればよいに」というのである。弥一右衛門は聞いて思いのほかのことに思・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫