・・・道徳は必然服従せねばならぬものでない以上、凡ての夫が妻ならぬ女に通じ、凡ての妻が夫ならぬ男に通じても可いものとし、乃至は、そうしない夫と妻とを自覚のない状態にあるものとして愍れむに至っては、性急もまた甚だしいと言わねばならぬ。その結果は、啻・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 負け嫌いの甚だしいは、人に自分の腹を看透かされたと思うと一端決心した事でも直ぐ撤去して少しも未練を残さなかった。かつて二葉亭の一身上の或る重要な問題について坪内博士と談合した時、二葉亭の心の中は多分こうであろうと推断して博士に話した。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・方することを信念として、尚お、其の実、個人主義的態度を持続するならば、そして、強いて社会主義的精神を曲解し、其の種の運動に対して偏見を有するならば、ヒューズが平和のための軍備を嗤ったように、また矛盾も甚だしい。 私は、真の敵が、常に対立・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・殊に才能の点に於て特殊的なる文学方面は、それが一層甚だしいといわねばならない。 たゞ然し、最も妥当なる順序は、われ/\の現在生息しつゝある現代の文学書に親しみ、次第に過去時代の産物に遡ることを以て、効果多い方法と信ずる。たとえばルソーの・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・娘は終にその俳優の胤を宿して、女の子を産んだそうだが、何分にも、甚だしい難産であったので、三日目にはその生れた子も死に、娘もその後産後の日立が悪るかったので、これも日ならずして後から同じく死んでしまったとの事だ。こんな事のあったとは、彼は夢・・・ 小山内薫 「因果」
・・・というものはその男が最初甚だしい貧家に生れたので、思うように師を得て学に就くという訳には出来なかったので、田舎の小学を卒ると、やがて自活生活に入って、小学の教師の手伝をしたり、村役場の小役人みたようなことをしたり、いろいろ困苦勤勉の雛型その・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・北村君自身の言葉を借りて云えば、不覊磊落な性質は父から受け、甚だしい神経質と、強い功名心とは母から受けた。斯ういう気風は少年の時からあって、それが非常にやかましい祖父の下に育てられ、祖母は又自分に対する愛情が薄かったという風で、後に成って気・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・それは、日本でも、西欧でも同じことであるのですが、ことにも紅毛人に於いては、それが甚だしいように思われます。この哀れな、なんだか共感を誘う弱点に依って、いまこの男は、二人の女の後についてやって来て、そうして、白樺の幹の蔭に身をかくし、息を殺・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・謀叛は、悪徳の中でも最も甚だしいもの、所謂賊軍は最もけがらわしいもの、そのように日本の世の中がきめてしまっている様子である。謀叛人も、賊軍も、よしんば勝ったところで、所謂三日天下であって、ついには滅亡するものの如く、われわれは教えられてきて・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・しかもそれらの人々が独創的であり見識家であるほど、その差別の程度も甚だしいのである。 ただ、一番始末のいい場合は、学問の本山であるところの西洋の第一流の大家達の統括の下に開拓され発達させられた一つの明確な区劃内に限られた部門の中で、かの・・・ 寺田寅彦 「学位について」
出典:青空文庫