・・・そのあとで、また蓄音機が一くさりすむと、貞水の講談「かちかち甚兵衛」がはじまった。にぎやかな笑い顔が、そこここに起る。こんな笑い声もこれらの人々には幾日ぶりかで、口に上ったのであろう。学校の慰問会をひらいたのも、この笑い声を聞くためではなか・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ついでに甚兵衛のところへ寄って、このサントリイウイスキイがまだ残っていたら、もう一升ゆずってもらって来い。これからまた僕は飲み直すんだ。そうして、ぜひとも、お母さんとお前に、肴を食べてもらうんだ。あの、お伺いしたい事がございます。何・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・面白いですよ。甚兵衛さんがこの前、月夜の晩私たちのお家の前に坐って一晩じょうるりをやりましたよ。私らはみんな出て見たのです。」 四郎が叫びました。「甚兵衛さんならじょうるりじゃないや。きっと浪花ぶしだぜ。」 子狐紺三郎はなるほど・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・「義民甚兵衛」が、「甚兵衛様は笑って死になさった」と数万の群集に賞めたたえられつつ、領主の磔柱の上で生涯一度の愉快そうな笑いを笑う。この笑いを作者は、惨酷に甚兵衛を扱いつづけていた継母、異母弟への報復の哄笑として描き出している。義民、英・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 柳やの女中 薄馬鹿で色情狂、 甚兵衛の家に肴をとどけて来て、かえりになかなか柳やへ戻らず。女房丁度雨がふり出したので傘をもって迎いに来る。行き違いになったのだろうと云ってかえる。その間に女は、線路のどこかで、人・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫