・・・その顔は大きい海水帽のうちに遠目にも活き活きと笑っていた。「水母かな?」「水母かも知れない。」 しかし彼等は前後したまま、さらに沖へ出て行くのだった。 僕等は二人の少女の姿が海水帽ばかりになったのを見、やっと砂の上の腰を起し・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 洋一は兄を見上ながら、体中の血が生き生きと、急に両頬へ上るのを感じた。「この二三日悪くってね。――十二指腸の潰瘍なんだそうだ。」「そうか。そりゃ――」 慎太郎はやはり冷然と、それ以上何も云わなかった。が、その母譲りの眼の中・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・まして柑類の木の茂った、石垣の長い三角洲はところどころに小ぢんまりした西洋家屋を覗かせたり、その又西洋家屋の間に綱に吊った洗濯ものを閃かせたり、如何にも活き活きと横たわっていた。 譚は若い船頭に命令を与える必要上、ボオトの艫に陣どってい・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・新鮮な朝の空気と共に、田園に特有な生き生きとした匂いが部屋じゅうにみなぎった。父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグーズベリーの繁みに放りなげた。 監督は矢部の出迎えに出かけて留守だったが、父の膝許には、もうたくさ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・夫婦の者が深くあいたよって互いに懐しく思う精神のほとんど無意識の間にも、いつも生き生きとして動いているということは、処世上つねに不安に襲われつつある階級の人に多く見るべきことではあるまいか。 そりゃ境遇が違えば、したがって心持ちも違うの・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・それに、時々、その活き活きした目がかすむのを井筒屋のお貞が悪口で、黴毒性のそこひが出るのだと聴いていたのが、今さら思い出されて、僕はぞッとした。「寛恕して頂戴よ」と、僕の胸に身を投げて来た吉弥をつき払い、僕はつッ立ちあがり、「おッ母さん・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・能く見ると余り好い男振ではなかったが、この“Sneer”が髯のない細面に漲ると俄に活き活きと引立って来て、人に由ては小憎らしくも思い、気障にも見えたろうが、緑雨の千両は実にこの“Sneer”であった。ドチラかというと寡言の方で、眼と唇辺に冷・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・戯曲を勉強した人が案外小説がうまいのは、彼等の書く会話が生き生きしているからであろう。もっとも現在の日本の劇作家の多くは劇団という紋切型にあてはめて書いているのか、神経が荒いのか、書きなぐっているのか、味のある会話は書けない。若い世代でいい・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・大阪の妾だった京都は、罹災してみすぼらしく、薄汚なくなった旦那の大阪と別れてしまうと、かえってますます美しく、はなやかになり、おまけに生き生きと若返った。古障子の破れ穴のように無気力だった京都は、新しく障子紙を貼り替えたのだ。かつての旦那だ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・横堀はにわかに生き生きした表情になった。「ふーん。しかし五倍と聴くと、何だかまた博奕にひっ掛りそうだな。あれはよした方がいいよ。人に聴いたんだが、あれは本当は博奕じゃないんだよ。博奕なら勝ったり負けたりする筈だが、あれは絶対に負ける仕組・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫