・・・ さて自然主義は遠慮なく事実そのままを人の前に暴露し、または描き出すため種々なる欠点を生ずるに至りましたが、これを救うは過去のローマン主義を復興するにあらずして、新ローマン主義ともいうべきものを興すにあろうかと思う。新ローマン主義という・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあらんなど、浅墓なる教訓なれば夫れまでのことなれども、真実真面目に古礼を守らしめんとするに於ては、唯表向の儀式のみに止まりて裏面に却て大なる不都合を生ずることある可し。凡そ男女交際の清濁は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・これに堪えずして手を出だせば、ついに双方の気配を損じ、国内に不和を生ずることあらん。また国のために害ありというべし。左にその一例をしめさん。 今の民権論者は、しきりに政府に向いて不平を訴うるが如くなるは何ぞや。政府は、果して論者と思想の・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・消極的美をもって美の全体と思惟せるはむしろ見聞の狭きより生ずる誤謬ならんのみ。日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句において美を発揮し、消極的の半面を開きたるは彼が非凡の才識あるを証するに足る。し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・○ベースボールの球 場中に一人の走者を生ずる時は球の任務は重大となる。もし走者同時に二人三人を生ずる時は更に任務重大となる。けだし走者の多き時は遊技いよいよ複雑となるにかかわらず球は終始ただ一個あるのみなればなり。今走者と球との・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・日光来りて葉緑を照徹すれば葉緑黄金を生ずるじゃ。讃うべきかな神よ。」(将軍籠にくだものを盛りて出で来る。手帳を出しすばやく何か書きつく、特務曹長に渡す、順次列中に渡る、唱バナナン大将の行進歌合唱「いさおかがやく バナナン・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・これは、古いロシアと新しいソヴェト生活のむじゅんから生ずる滑稽を、毒のない笑話という程度でまとめる。自己批判というキッとしたところのある笑いではない。 こう書いて来て思うのだが、プロレタリアの力がのびてくるにつれ、諷刺の形式をとった文学・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・「第一、恋愛とはそれ自身、認識不足によって生ずる感情の偏行にすぎない」と片づけきれない人間の心から発足するのが文学の一つの本質であったと思う。「我々の魂の中にもし何か価値あるものがあるとしたら、それは如何に他人よりももっと激しく燃焼した・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・雪は若檀那様に物を言う機会が生ずる度に、胸の中で凱歌の声が起る程、無意味に、何の欲望もなく、秀麿を崇拝しているのである。 この時雪の締めて置いた戸を、廊下の方からあらあらしく開けて、茶の天鵞絨の服を着た、秀麿と同年位の男が、駆け込むよう・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・勇ましい戦士と見えたのは、強剛な意志を欠く所に生ずるだだッ児らしいわがままのゆえに過ぎなかった。私はその時までその臭気に気づかないでいた自分を呪った。道徳的には潔癖であるとさえ思い習わしていた自分が、汚穢に充ちた泥溝の内に晏如としてあった、・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫