・・・殊に乙姫や浦島太郎の顔へ薄赤い色を加えたのは頗る生動の趣でも伝えたもののように信じていた。 保吉はそうそう母のところへ彼の作品を見せに行った。何か縫ものをしていた母は老眼鏡の額越しに挿絵の彩色へ目を移した。彼は当然母の口から褒め言葉の出・・・ 芥川竜之介 「少年」
絵のように美しいという言葉はあるが、いゝ絵は、見れば、見る程、ひきつけられるように感ずるものです。風景にしろ、人物にしろ、無駄に描かれた線はなく、どの部分を見ても生動するものですが、そういう絵は、よ程いゝ筆者を待たなければなりません。・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・そこに限って気韻が生動している。そんなふうに思えた。―― 空が秋らしく青空に澄む日には、海はその青よりやや温い深青に映った。白い雲がある時は海も白く光って見えた。今日は先ほどの入道雲が水平線の上へ拡がってザボンの内皮の色がして、海も入江・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・筆の先を紙になすりつけ、それが数尾のごまめを表わし得て生動の妙を示したところで、これはあまりに職工的なあるいはむしろアクロバチックの芸当であって本当の芸術家としてむしろ恥ずべき事ではあるまいか。文学にしても枕詞やかけ言葉を喜ぶような時代は過・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・材料は割合に平凡でも生け方で花が生動するように少しの言葉のはたらきで句は俄然として躍動する。たとえば江上の杜鵑というありふれた取り合わせでも、その句をはたらかせるために芭蕉が再三の推敲洗練を重ねたことが伝えられている。この有名な句でもこれを・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・葉末から滴り落ちる露がこの死んだような自然に一脈生動の気を通わせるのである。ひきがえるが這出して来るのもこの大きな単調を破るに十分である。夜の十二時にもならなければなかなか陸風がそよぎはじめない。室内の燈火が庭樹の打水の余瀝に映っているのが・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・もし背中だけ向けている三人を大きく出せば、生動する画面に計らず一つらなりのめくら壁が立つ結果になって、リズムはそこで阻まれるだろう。芸術家らしさで、其処を鋭く洞察している。そして、子供が絵をかきはじめるときは、よしんばそれが「へへののもへじ・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・すべて無言のうちに須彌壇の前で行われる動作、やや貧相な中に生動する何ものかがあり、鶴三画的であった。帰途、富士を見た。薄藍のやや低い富士、小さい焔のような夕焼け雲一つ二つ。 A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ といって、自分は顔面の筋肉の生動した能面がないというのではない。ないどころか、能面としてはその方が多いのである。しかし自分はかかる筋肉の生動が、自然的な顔面の表情を類型化して作られたものとは見ることができない。むしろそれは作者の生の動・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・人の顔面において通例に見られる筋肉の生動がここでは注意深く洗い去られているのである。だからその肉づけの感じは急死した人の顔面にきわめてよく似ている。特に尉や姥の面は強く死相を思わせるものである。このように徹底的に人らしい表情を抜き去った面は・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫