・・・「生意気な事をするな。」 そう云う兄の声の下から、洋一は兄にかぶりついた。兄は彼に比べると、遥に体も大きかった。しかし彼は兄よりもがむしゃらな所に強味があった。二人はしばらく獣のように、撲ったり撲られたりし合っていた。 その騒ぎ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・褪紅色の洋服に空色の帽子を阿弥陀にかぶった、妙に生意気らしい少女である。少女は自働車のまん中にある真鍮の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎どちら側にも空いている席は一つもない。「お嬢さん。ここへおかけなさい。」 宣教・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・そうしたら八っちゃんが生意気に僕の頬ぺたをひっかいた。お母さんがいくら八っちゃんは弟だから可愛がるんだと仰有ったって、八っちゃんが頬ぺたをひっかけば僕だって口惜しいから僕も力まかせに八っちゃんの小っぽけな鼻の所をひっかいてやった。指の先きが・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ と婀娜に唇の端を上げると、顰めた眉を掠めて落ちた、鬢の毛を、焦ったそうに、背へ投げて掻上げつつ、「この髪をむしりたくなるような思いをさせられるに極ってるけれど、東京へ来たら、生意気らしい、気の大きくなった上、二寸切られるつもりにな・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 幼いものが、生意気に直接に打撞る事がある。「杢やい、実家はどこだ。」「実家の事かい、ははん。」 や、もうその咳で、小父さんのお医師さんの、膚触りの柔かい、冷りとした手で、脈所をぎゅうと握られたほど、悚然とするのに、たちまち・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・今の若さで東京が恋しくないのは、男の癖に因循な証拠ですよ。生意気いうようだけど、柏崎に居ったって東京を忘れられては困るわね矢代さん。そうですとも僕は令妹の御考えに大賛成だ。 こんな調子で余は岡村に、君の資格を以てして今から退隠的態度をと・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・私が今いうと生意気らしいが、私は児供の時からヘタヤタラに小説を読んでいた。西洋の小説もその頃リットンの『ユーゼニ・アラム』を判分教師に教わり教わりながらであるが読んでいた。であるから貸本屋の常得意の隠居さんや髪結床の職人や世間普通の小説読者・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ 彼らは、これを聞くと、かえってますます怒りました。「なにもおまえの知ったことじゃない。おまえは、この小さい悪い奴の仲間なのか? 生意気な奴だからいっしょになぐってしまえ!」といって、彼らは、若者の手や、足や、顔や、頭を、かまわず思うぞ・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・「あなたは、かってに、私の家へ巣を張っているのでしょう。どうか、早くここからほかへいってください。」と、花は、かえって、くもに向かっていったのです。 すると、くもは、たいそう怒りました。「生意気な、どうするかみておれ……。」とい・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・「金さんだなんて、お前なぞがそんな生意気な口を利くものじゃない!」「へい」 お光は新造に向って、「どうしましょう、ここへ通しましょうか?」「ここじゃあんまり取り散らかしてあるから、下の座敷がいいじゃねえか」「じゃ、とにか・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫