・・・三年生のときはT先生の磁力測量の結果の整理に関する仕事の御手伝いをしながら生意気にも色々勝手な議論を持ちだしたりした。それを学生のいうことでも馬鹿にしないで真面目に受け入れて、学問のためには赤子も大人も区別しない先生の態度に感激したりした。・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・科学がほんの少しばかり成長してちょうど生意気盛りの年ごろになっているものと思われる。天然の玄関をちらとのぞいただけで、もうことごとく天然を征服した気持ちになっているようである。科学者は落ち着いて自然を見もしないで長たらしい数式を並べ、画家は・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・奴らは見張をしていたのだ。生意気に「宮本だ」と、平常親より怖れ、また敬っている自分へ、冷たく云い放ったときも、あの眼だ。 トラックを急がせて、会社近くの屈り角へ来たとき、不意に横合から、五六人の男が、運転手台へ飛び掛った。スワと思って、・・・ 徳永直 「眼」
・・・自分はまだ煙草を喫っても碌に味さえ分らない子供の癖に、煙草を喫ってさも旨そうな風をしたら生意気でしょう。それをあえてしなければ立ち行かない日本人はずいぶん悲酸な国民と云わなければならない。開化の名は下せないかも知れないが、西洋人と日本人の社・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・金持ちとか、華族とか、なんとかかとか、生意気に威張る奴らがさ」「しかしそりゃ見当違だぜ。そんなものの身代りに僕が豆腐屋主義に屈従するなたまらない。どうも驚ろいた。以来君と旅行するのは御免だ」「なあに構わんさ」「君は構わなくっても・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・一 女性は最も優美を貴ぶが故に、学問を勉強すればとて、男書生の如く朴訥なる可らず、無遠慮なる可らず、不行儀なる可らず、差出がましく生意気なる可らず。人に交わるに法あり。事に当りて論ず可きは大に論じて遠慮に及ばずと雖も、等しく議論するにも・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・……よくも考えないで生意気が云えたもんだ。儚い自分、はかない制限された頭脳で、よくも己惚れて、あんな断言が出来たものだ、と斯う思うと、賤しいとも浅猿しいとも云いようなく腹が立つ。で、ある時小川町を散歩したと思い給え。すると一軒の絵双紙屋の店・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 三疋は年も同じなら大きさも大てい同じ、どれも負けず劣らず生意気で、いたずらものでした。 ある夏の暮れ方、カン蛙ブン蛙ベン蛙の三疋は、カン蛙の家の前のつめくさの広場に座って、雲見ということをやって居りました。一体蛙どもは、みんな、夏・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・しかしそういう点で共通の幸福を守ること、その協力の意味を理解しない男の人たちは、組合が要求するから仕方がないようなものの、女のくせに生意気だという感情を捨てきっていない。組合の中で婦人部と青年部とはよく調和して活動できるけれども、大人の男子・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫