・・・故郷の風景は旧の通りである、しかし自分は最早以前の少年ではない、自分はただ幾歳かの年を増したばかりでなく、幸か不幸か、人生の問題になやまされ、生死の問題に深入りし、等しく自然に対しても以前の心には全く趣を変えていたのである。言いがたき暗愁は・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・この第一義が決定することを「生死をはなれる」というのだ。 この第一義がきまると、いろいろな心の働きがその心境からおのずと出てくる。目は英知に輝き、心気は澄んでくる。いろいろな欲望や、悩みや、争いはありながらも、それに即して、直ちに静かさ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・わたくしは、長寿かならずしも幸福ではなく、幸福はただ自己の満足をもって生死するにありと信じていた。もしまた人生に、社会的価値とも名づけるべきものがあるとすれば、それは、長寿にあるのではなくて、その人格と事業とか、四囲および後代におよぼす感化・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ これ私の性の獰猛なるに由る乎、癡愚なるに由る乎、自分には解らぬが、併し今の私に人間の生死、殊に死刑に就ては、粗ぼ左の如き考えを有って居る。 二 万物は皆な流れ去るとヘラクリタスも言った、諸行は無常、宇宙は変化の・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 笹島先生は、酒をお猪口で飲むのはめんどうくさい、と言い、コップでぐいぐい飲んで酔い、「そうかね、ご主人もついに生死不明か、いや、もうそれは、十中の八九は戦死だね、仕様が無い、奥さん、不仕合せなのはあなただけでは無いんだからね。」・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・そこでは、人の生死さえ出鱈目である。太宰などは、サロンに於いて幾度か死亡、あるいは転身あるいは没落を広告せられたかわからない。 私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。本・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・太閤が、そんなに魅力のある人物だったら、いっそ利休が、太閤と生死を共にするくらいの初心な愛情の表現でも見せてくれたらよさそうなものだとも思われる。「人を感激させてくれるような美しい場面がありませんね。」私はまだ若いせいか、そんな場面の無・・・ 太宰治 「庭」
・・・停車場に来ている時もある。生死に関すると云う程でもなく、ちょいとした危険があるのを冒すのが、なんとも云えないように面白い。ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・拷問の後にほうり込まれた牢獄の中で眼前に迫る生死の境に臨んでいながらばかげた油虫の競走をやらせたりするのでも決してむだな插話でなくて、この活劇を生かす上においてきわめて重要な「俳諧」であると思われる。最後のトニカを響かせる準備の導音のような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・シェークスピアとかドストエフスキーとかイブセンとかいう人々は、人間生死の境といったような重大な環境の中に人間をほうり込んで、試験檻の中のモルモットのごとくそれを観察した。しかしまたチェホフのような人は日常茶飯事的環境に置かれた人間の行動から・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫