・・・自分も生爪を剥いだり、銚子を床の間に叩きつけたりしては、下宿から厳しい抗議を受けた。でも昨今は彼女も諦めたか、昼間部屋の隅っこで一尺ほどの晒しの肌襦袢を縫ったり小ぎれをいじくったりしては、太息を吐いているのだ。 何しろ、不憫な女には違い・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ * * 余が廿貫目の婆さんに降参して自転車責に遇ってより以来、大落五度小落はその数を知らず、或時は石垣にぶつかって向脛を擦りむき、或る時は立木に突き当って生爪を剥がす、その苦戦云うばかりなし、し・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・「落ちる時に蹴爪ずいて生爪を剥がした」「生爪を? 痛むかい」「少し痛む」「あるけるかい」「あるけるとも。ハンケチがあるなら抛げてくれたまえ」「裂いてやろうか」「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・いわば、日本のはだしの足の、指ではがれている生爪を見ることを顰蹙するかたぎをもっている。このことは、それらの人々の文学の言葉では、リアリズムへのぬきがたい疑いとして語られつつある。 これらの複雑な精神の状態から、批評の無力は、ひきおこさ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
出典:青空文庫