・・・なぜなれば、もし彼等に月の世界がどういうところだかということを話したら、熱心になってその話をきくばかりでなく「どんな生物がそこに棲み、そして、昔はやはり人間が住んでいたのだろうか。昼は熱く夜は寒いというが、ロケットに乗って行って見ることがで・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・博士は、敬虔な生物学者に共通の博愛心から、「かわいそうにな、ありは、勤勉な虫だが、どういうものか、みんなにきらわれる。熱湯でもかければ、死ぬには死ぬが……」と、答えられたのです。「ありと蜂」の生活についてファーブルに比すべき研究のあった・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・春から夏にかけては、私たち、生物は、だれもかれも幸福なものだった。それから見れば、いまのものは、かわいそうだと思うよ。」 こうがまがえるがいったので女ちょうは、自分に同情してくれるものと思って、立ち上がったのを、引き返してきて、かたわら・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・ 提灯をつけたボートが生物のように川の上を往ったり来たりしています。浪花橋の上を電車が通ると、その灯が川に落ちて、波の上にさかさになった電車の形を描きだします。やがて、どれだけ時間がたったでしょうか、中華料理屋の客席の灯が消え、歯医者の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・影をじーっと視凝めておると、そのなかにだんだん生物の相があらわれて来る。ほかでもない自分自身の姿なのだが。それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。月の光が一番いい。何故ということは言わないが、――というわけは、自分は自分の経験でそう信じるよ・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・――そしてふと蝉一匹の生物が無上にもったいないものだという気持に打たれた。 時どき、先ほどの老人のようにやって来ては涼をいれ、景色を眺めてはまた立ってゆく人があった。 峻がここへ来る時によく見る、亭の中で昼寝をしたり海を眺めたりする・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・恋愛を単に生物学的に考えたがることほど粗野なことはない。知性の進歩はその方角にあるのではない。恋愛を性慾的に考えるのに何の骨が折れるか。それは誰でも、いつでもできる平凡事にすぎない。今日の文化の段階にまで達したる人間性の精神的要素と、ならび・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・初めに出発した生物的、本能的愛と比較するとき、これは何という相異であろう。しかもこれはひとしく人間の母性愛の様相なのだ。後のものは高められた母性愛、道と法とに照らされたる母性愛である。そこに人間の尊貴さがある。愛のために孟子の母はわが子を鞭・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・兵卒を一個の生物的な人間として見た。そして、一個の死に直面した人間が、大きな戦争の動きのなかに病気に苦しみながら死んで行く。そこに、人生を暗示しようとした。客観的にあったことを、あったことゝして作品の上に再現しようとした。現実をあるがまゝに・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・さてそれから螺旋でこの生物を論ずると死生の大法が分るから、いよいよ大発明の大哲学サ、しッかりしてきかないと分らないよ。一体全体何んでもドンゾコまで分ッてる世界ではない。人間の智慧でドンゾコまで分るものだかどうだか知れないのサ。人間の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫