・・・負けぬ気の生粋の江戸ッ子としての先生を、この時目前に見ることができたような気がするのであった。 先生最後の大患のときは、自分もちょうど同じような病気にかかって弱っていた。江戸川畔の花屋でベコニアの鉢を求めてお見舞いに行ったときは、もう面・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・二、三十年前の風流才子は南国風なあの石の柱と軒の弓形とがその蔭なる江戸生粋の格子戸と御神燈とに対して、如何に不思議な新しい調和を作り出したかを必ず知っていた事であろう。 明治の初年は一方において西洋文明を丁寧に輸入し綺麗に模倣し正直に工・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・そして彼女の腹違いの妹のシルヴィが、生粋のパリの市民で――プロレタリアートで、イリュージョンを持たず、機智的で実務家で、恋愛と結婚とをはっきり区別し、「そりゃ恋人には危っかしくたって面白い人がいいけど、良人には、一寸退屈だって永持ちのする確・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・実に快活で、朗らかで、生粋のピオニェールたちです。 わたし達は子供たちが出して何か書いてくれという手帳に次のように書きました。「みなさん! わたし達はみなさんに会って本当にうれしいと思います。ソヴェト同盟の新しい社会の値うちがみ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ お君位の時には、まだ田舎に居て、東京の、トの字も知らなかったくせに、今ではもうすっかり生粋の江戸っ子ぶって、口の利き様でも、物のあつかい様でもいやに、さばけた様な振りをして居る癖に、西の人特有の、勘定高い性質は、年を取る毎にはげし・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・チャイコフスキーの生粋な芸術家としての創作の力をも感銘させられた。民族のさまざまな特質やその特質を更に個性のニュアンスで音楽にうちこめている作品の再現としての演奏が、純粋に音の領域から入ってその精髄にふれてゆくことも、いろいろと考えさせて感・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・面白いことに、生粋の京都生れ、京都暮しの女性を見ていると、彼女は本当によい色彩で着物を選び、家の隅々まできちんと行き届いた生活ぶりでやっているが、しんに迫って見ると、ただ伝統の力で自然にそうやっているというだけのところがあるらしい。電車にの・・・ 宮本百合子 「京都人の生活」
・・・そのユーモアの網野さんが生粋の都会人であることや、細かい神経を持っていることや、一抹の淋しさを漂わした感情の所有者であることなどが直に窺われる。都会人らしい――それも町家の――心持に教養の加った気分で生活している間に、ひょい、ひょいと人生の・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・モスクワで、ソヴェトの生粋の人間なんかは見られない。モスクワには商人か、小ブルジョアしかいません!」 思わずわたしは笑いだした。 これは余り、農民作家的ではないか! この男は、世界革命はヴォルガ沿岸地方からだけ、というような口ぶりだ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・すべて充実したもの、生粋なるもの、自然力でもそういう発現をする場合、常にどっちかというと単純なような形であらわれ、しかも云いつくされぬ美にみちている。人間も、この美に精神を鼓舞されるには、出来あいの生きかたでは駄目であるから、私はつい自分を・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫