・・・何にせい、聨隊の全滅であったんやさかい、僕の中隊で僕ともう一人ほか生還しやへんのや。全滅後、死体の収容も出来んで、そのまま翌年の一月十二三日、乃ち、旅順開城後までほッとかれたんや。一月の十二三日に収容せられ、生死不明者等はそこで初めて戦死と・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・やっと無事帰ったと思っていたから、私の気持は苦しくて可哀相で、じっとしていられないようだし、素手でまた南へやるのはとてもしのびないから、大さわぎをして色んな人に聞き合せて南から決死隊で生還したという人の準備を聞くことが出来て、今日はどうぞこ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 新聞で私達は玉砕と言われた前線部隊の人々が生還していることを度々読んだ。死んだと思われた人が生きて還って来るといえば私達の心は歓びで踊るように思う。然しその本人達は、そのような歓びを無邪気に感じていられただろうか。自分を死んだものとし・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と人とを忍んだだろう明人の心持。……茫漠として古寂びたノスタルジヤが昼の雨に甦って来るように感じた。 ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫