・・・……いかがわしいが、生霊と札の立った就中小さな的に吹当てると、床板ががらりと転覆って、大松蕈を抱いた緋の褌のおかめが、とんぼ返りをして莞爾と飛出す、途端に、四方へ引張った綱が揺れて、鐘と太鼓がしだらでんで一斉にがんがらん、どんどと鳴って、そ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・白糸 おや、それじゃ私の生霊が行ってるのかしら。七左 ええ……変なことを言う。白糸 見て下さい、私とは――違いますか。七左 いや、この方が、床の間に活けた白菊かな。白糸 え。七左 まずおいで。はあてな、別嬪二人二千石・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・それでね、貴方、その病気と申しますのが、風邪を引いたの、お肚を痛めたのというのではない様子で、まあ、申せば、何か生霊が取着いたとか、狐が見込んだとかいうのでございましょう。何でも悩み方が変なのでございますよ。その証拠には毎晩同じ時刻に魘され・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・判に頂戴し、将門が乱を起しても護摩を焚いて祈り伏せるつもりでいた位であるし、感情の絃は蜘蛛の糸ほどに細くなっていたので、あらゆる妄信にへばりついて、そして虚礼と文飾と淫乱とに辛くも活きていたのである。生霊、死霊、のろい、陰陽師の術、巫覡の言・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・大地震が襲来して数万の生霊が消散した後にその地震が当然来るはずであった事が論ぜられたりするのは事実である。 しかし必ずしもそうではないようである。学者がその仕事を「仕上げる」には長い月日を要するのは普通であるが、仕事をつかまえ、「仕留め・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、大きな事実に対して、証拠は夢であった。全で殴ったのは現実の誰かではなくて、人魂ででもあるようだった。 生霊や死霊に憑かれることは、昔からの云い慣わ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・夜雨秋寒うして眠就らず残燈明滅独り思うの時には、或は死霊生霊無数の暗鬼を出現して眼中に分明なることもあるべし。 蓋し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐まざるに非ず。今一証を示さんに・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 彼女は、優しい涙にぬれた感動をもって、醒めた、居睡った無数の生霊の上に、頭を垂れたのである。 けれども、此の稍々せんちめんたるな人が深夜、人気ない部屋に在って思う、こんな感動は、暫くすると、その感動を静かに見守る何物かによって、次・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・この時代の特色ある文学として現れた謡曲の中に婦人は描かれるが、それは例えていえば物狂い――気狂いとか、愛情の絆によって、生きながら生霊となり、また死んでも霊となって現れるような、切ない女の心に表現されている。当時の婦人はどんなに自分達の希望・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫