・・・生児の衣服、産室、産具……「収入及び支出。労銀、利子、企業所得……「一家の管理。家風、主婦の心得、勤勉と節倹、交際、趣味、……」 たね子はがっかりして本を投げ出し、大きい樅の鏡台の前へ髪を結いに立って行った。が、洋食の食べかただ・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・私は全く慌ててしまっていた。書斎に閉じ籠って結果を待っていられなくなった。私は産室に降りていって、産婦の両手をしっかり握る役目をした。陣痛が起る度毎に産婆は叱るように産婦を励まして、一分も早く産を終らせようとした。然し暫くの苦痛の後に、産婦・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・兄は、妻の産室に這入った。が、赤ン坊の叫び声はなかった。分娩のすんだトシエは、細くなって、晴れやかに笑いながら、仰向に横たわっていた。ボロ切れと、脱脂綿に包まれた子供は、軟かく、細い、黒い髪がはえて、無気味につめたくなっていた。全然、泣きも・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・しかし平生からそのすわり所や寝所に対してひどく気むずかしいこの猫は、そのような慣れない産室に一刻も落ち着いて寝てはいなかった。そして物につかれたようにそこらじゅうをうろついていた。 午過ぎに二階へ上がっていたら、階段の下から下女が大きな・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫