・・・最後に後ろの牛小屋へ行けば、ぜすす様の産湯のために、飼桶に水が湛えられている。役人は互に頷き合いながら、孫七夫婦に縄をかけた。おぎんも同時に括り上げられた。しかし彼等は三人とも、全然悪びれる気色はなかった。霊魂の助かりのためならば、いかなる・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・娘も京の川水に産湯をつかっただけ有って牡丹のようなはでやかな姿とまあるいなめらかな声をもって育った人で理くつもこねず女学校にも上らず御かざりのようにしてある箱入娘だと云うことである。 そんな事を思い合わせながら私達はまだ見たこともない人・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ わざとこえをかえてしかつめらしくきくと若い女はたまらなそうに笑いこけながら、「マア殿さまハ、何を仰せあそばすかと思えば、私なんかはもうもうお山のおくのおく、山猿といっしょに産湯をつかったのでございますもの」 割合にはっきりした・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・借家で産湯をつかった大多数の国民は、借家から自分の葬式をも出さねばならない。みすみす大家に損をしろというようなことはなり立たないという厚生省のいわれたのは、大家にとって慈父の言であろうが、厘毛をあらそう小商人さえ配給員となって、三十五円、四・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫